第5回 管理栄養士が求めるサプリメントとは

傷病者や健康維持のために漢方薬やサプリメントを取り入れることのメリットとは。また、臨床の場で患者さんにサプリメントを使うために、商品開発を手がける食品メーカーに望むことは。管理栄養士の立場から、食とサプリメントの理想的な関係を考えます。


漢方薬とサプリメント

実は私、10年ぐらい前までは漢方薬を完全否定していました。「草の根っこで病気が治るわけないだろう」と思っていたのです。それが人は変わるもので、漢方薬に興味を持ってからはその奥深さにすっかり惹かれ、今では風邪を引いたときも漢方薬しか飲まないほどです。先人の知恵というのは偉大です。正しく使えばとてもいいものだとわかったので、集中治療室の患者さんにも処方してもらっています。

西洋薬は効果がある、しかも速く効くという強みがありますが、漢方薬には西洋薬よりはるかに長い数千年の歴史があり脈々と続いてきています。効果がないものは歴史のどこかで途絶えるはずなのに21世紀の現代にも続いているということは、なんらかの絶対的な効果があるのだと思い至りました。加えて漢方薬は、薬とはいえ原料は食品です。

しかも調べてわかったのですが、漢方薬は中国で生まれたものの、発展させたのは日本なのです。今の中国の医療でも漢方薬はさほど使われていないことも、勉強して知りました。

薬と食事の関係も重要です。

栄養でカバーできない病気では薬が主役になります。ただ今の時代は薬に匹敵するような栄養素もわかってきているので、わざわざ薬を使わなくてもいいという疾患もあります。そのため、私たち管理栄養士が医師や薬剤師さんのところに行って「ここは栄養でカバーしておきます」という連携は日常的にあります。まさにNSTです。

サプリメントについても、管理栄養士の立場からお話します。

実はサプリメントの是非は管理栄養士の中でも意見が分かれるところなのですが、私個人は歓迎しています。なぜならコラム第4回でもお伝えした通り、バランスのとれた食事は理想的ですが現実にはそれを毎日実践するのは相当困難なことですし、ライフスタイルによっても不足する栄養素はどうにも出てきてしまいます。そこを補ってくれるのがサプリメントだからです。手軽かつ手早く不足分の栄養素を摂取できてコスパも追及できる、そういうサプリを作る技術が日本にはありますから、利用しない手はありません。

サプリメントを取り入れることでバランスの良い食生活ができ健康が維持できるなら大いに活用するべきだと思いますし、高齢者の買い物難民、調理困難者だという時代にサプリメントを否定するのはどうだろうと感じます。管理栄養士の立場からすると、これもコラム第4回でお話したように、1週間単位で考えたときに不足している栄養素を補うためのものがサプリメントであることが今の段階では理想的です。その場合は、いつも同じサプリメントをとるのではなく、翌週は翌週の食生活に合わせたサプリメントの摂取が必要になるでしょう。

サプリメント1粒につき栄養素は1種類のみ

サプリメントを作るメーカーさんにはリクエストがあります。それは1製品で完結させないで欲しいということです。メーカーとしてはコストの制約もあるでしょうし、消費者からの受けを考えるとついひとつの製品の中にいろいろな要素を入れようとしてしまいがちです。しかしそれでは「これを食べれば1日の栄養素がすべて取れます」とうたっている商品と同じになってしまいます。ひとつの栄養素に特化し、それに対してしっかり効果が見込めるサプリメントを提供いただきたいと強く思います。例えばビタミンならビタミンだけ、ほかの要素は入れないということです。

ところがビタミンは本来とても苦みがあるので、ビタミンがたくさん入っているサプリメントほど飲んだときに苦みを感じ「飲みたくない」と摂取をやめてしまう人が出てしまったら本末転倒です。ですからメーカーさんには栄養素別でターゲットを絞り、そこに特化した商品をいくつかのラインナップで区切って考えていただければと考えます。

また、サプリメントの濃度は高いほうがいいのはもちろんですが、濃度が高くなるということは錠剤やカプセルのサイズが大きくなり飲みにくさにもつながるので、そこは消費者の方にモニタリングをして、無理なく飲み込める濃度を考えてもらいたいです。3錠飲むより1錠で済ませられるようにしたいという企業努力はよくわかりますが、そのせいでサプリメント1粒が大きくなり飲み込めないというのは残念な話ですから、そこはくれぐれもしっかりモニタリングしていただきたいと思います。

あとは国も推奨している医療DX、いわゆるデジタルトランスフォーマーでICTをどう使っていくかです。例えば働き世代の方々の生活習慣病予防などでは、食べた食事をスマホで撮影すると1週間分の累積の栄養素を計算してくれ、「今週はこのビタミンが足りませんでしたね」と提示してくれるようなアプリがあると便利でしょう。それを見て「今週はちょっとビタミンAが足りていないから今日は意識して取っておこうかな」となれば理想的だと思います。すでにそのようなアプリは出ていると思いますが、さらに高い精度や専門性を追求したアプリが開発されれば、管理栄養士の立場からも推奨できると思います。

また、咀嚼や嚥下が困難な方には管理栄養士が管理しながら食事を与えていますが、どうしても多少の栄養バランスの悪さが出てきてしまいますので、そちらの領域でのサプリメントがあってもいいのではとも思います。今後のマーケットで広がるジャンルではないでしょうか。というよりも、これから広がらなくてはいけないジャンルだと思っていますし、メーカーさんにとって大きな市場になると予想されます。

管理栄養士の悩み

われわれ管理栄養士の最大の悩みは、病室のベッドサイドまで行っている管理栄養士が圧倒的に少ないということです。患者さんと対面で話したり、様子を直接確認したりすることができない施設が非常に多く、私が管理栄養士になった駆け出しの30年前となにも変わっていません。そういう施設では、管理栄養士と調理師とやっていることの差がないも同然です。また、事務作業に終始してしまう管理栄養士もいます。

なぜこのような状態が改善されないのか。それはコラム第2回で紹介した通り、医療法の縛りで未だ医師の権限が管理栄養士に譲渡できていないというところに原因があるでしょう。働き方改革で医師の権限をどんどん譲渡してタスクシフトしましょうと言っていながら、現場では30年前と同じ光景が繰り広げられているのが現実です。

また、コラム第3回で病院経営について触れましたが、管理栄養士は医療経済的な部分を苦手とする人が多いと感じます。それが弊害になる例として、患者さんが入院すると、入院時食事療養費と呼ばれる入院中の食事代が保険から1日につき1920円下ります。するとその枠で食事代を収めるということだけに終始してしまい、高い既製品は買えないということが出てきます。その患者さんにはこの製品が絶対ベストマッチしているので、提供することによって患者さんが早く退院できて病気も克服できるとわかっているのに、単価が高いから買えませんと。結局この患者さんは、それが提供されないがために栄養状態が悪くなって免疫力が落ち、医療費がかさんでしまうという、まさに本末転倒の話です。グローバルコストで見られる管理栄養士が本当に少ないことは深刻な問題です。

そこで食品メーカーさんにお願いです。メーカーさんも低価格のものばかりを提供するわけにはいかないでしょうから全部とは言いませんが、もう少し私たちにも手が届く範囲での販売価格を追求していただきたいのです。繰り返しになりますが、サプリメントにあれもこれもと栄養素を詰め込むマルチファンクションで価格を高くするより、シンプルな栄養素でいいから価格を落としてもらうほうが現場はありがたいです。それなら私たちは、ひとつの製品に入っている1粒あたりの含有量が少ないものであっても、組み合わせることはできますから。

入院時食事療養費が1日1920円と上限が定められている中で患者さんにとってベストな医療を管理栄養士の視点から考えたとき、その上限に収められる価格のサプリメントがあればどれほどありがたいことか。ぜひ食品メーカーさんには真剣に検討していただきたいと切に願います。

薬で考えるとわかりやすいと思いますが、すべての病気に効く薬はありません。血圧の薬は血圧に効く、止血剤は血を止める。血圧を下げて止血もできる薬などないわけです。栄養素も同じと思います。これ1本、これ1粒で全部完結するものはないし、われわれもそういうものは期待していません。ちょっととんがった商品でもいいのでその分だけ価格を抑えていただくほうが、市場としてあるのではと思います。

もちろん私たち管理栄養士がグローバルファーストで医療経営、医療経済を見ていくという努力をしていくのは当然のことです。その上で、メーカーさんにも検討していただければと思います。


プロフィール

宮澤 靖

みやざわ・やすし

長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。


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バランスの取れた食事は免疫力を高め、腸内環境も整えます。高齢者の場合、嚥下や咀嚼に配慮した安全で栄養豊富な食事であることはもちろん、見た目も大事な要素です。食品メーカーにはそれらを踏まえた商品開発に患者目線で取り組んでいただくことを望みます。


私が考える健康的な食事

好き嫌いせずに3食きちんと食べること、そして腹八分目。シンプルですがこれがとても重要だと思っています。和食の「一汁三菜」はとても理にかなっていて、生活習慣病の患者さんには一汁三菜を例にお話をすることが多々あります。またシニアの場合、バランスよく食べることを意識するだけでなく免疫力を上げるような栄養素を含んだ食材を日々の食生活に取り入れることも重要なので、私もライフワークとして取り組んでいます。

バランスよく食べることを心がけていても、日によっては偏った食事になってしまうこともあるでしょう。今日はしょっぱいものが食べたい、甘いものが食べたいという日もあるはずです。われわれの職域団体である日本栄養士会などでは「野菜は1日350g取りましょう」とか「1日30品目の食品を取りましょう」と言っていて、確かにそれができれば栄養学的には理想ですが、経済面が考慮されていません。実践したら月の食費が一体いくらになることでしょう。免疫力アップに影響のある腸内細菌は毎日大きく変動するわけではありませんから毎食ごとに神経質になる必要はなく、1週間単位で考えてトータルでバランスがとれていれば大丈夫です。

海外のデータになりますが、同じ食物繊維を2週間取り続けると、便の中の乳酸菌やビフィズス菌の数が減少します。そこで2週間経ったらほかの食物繊維に切り替えると、乳酸菌やビフィズス菌の数は一定になります。つまり、同じ食材を食べ続けても、腸内細菌にいい影響を与えてくれるのは2週間がタイムリミットというわけです。そのため、人それぞれの食べ物の好みや食事の楽しみといったことも考慮すると、私たちは2週間の半分、つまり1週間単位で判断したほうがいいというのがセオリーになっています。

しかし、問題になのは「食べること」以前のことです。

商店が撤退してしまい買い物ができない「買い物難民」の高齢者については、社会問題としてニュースでも取り上げられていますが、今は「高齢の独居男性の調理困難者」も深刻な問題となっています。

現在80代、90代の男性はまさに「男子厨房に入るべからず」の時代を生きてきた方なので、料理は配偶者に任せきりだった方が少なくありません。そういう方の奥様が不幸にも先立たれた場合、ガスコンロの使い方がわからずお湯も沸かせないという状況が、大げさな話ではなく現実としてあります。スマホで手軽に注文してデリバリーしてもらえる時代ではありますが、ガスコンロも炊飯器も電子レンジも使えない、ましてや自炊など未知の領域すぎる方の食生活は、かなりの制約・制限に見舞われることでしょう。かといって料理ができる方も、それはそれで火を使うことのリスクが生じ、やけどや火事などのアクシデントが心配されます。

そうなると、これからは今以上に高齢者でもおいしく安全に、温かいものは温かい状態で食べられるパッケージの商品などが求められることが想定されます。食品メーカーさんがこれからシニア向けの商品開発をされる際には、安全・安心な加温システムのパッケージを望みます。また、現在はアプリから注文するデリバリーも、この先は受話器を取ったらデリバリーの会社にダイレクトにつながるような、そういうシステムがあってもいいのではと思います。



今、「これを食べるだけで1日に必要なすべての栄養素が取れますよ」とうたった商品がドラッグストアでも手軽に買えますが、管理栄養士の立場からすれば、あのような商品には正直なところ困っています。栄養学的な観点から、そんな食品は存在しません。よくテレビの情報番組で「●●が体にいい」と特集されると、その商品が飛ぶように売れる現象がありますが、それと同じようなことです。極端なことを言うほど世間は注目するので、「これだけで」という声は拾われがちです。

しかし現実には、偏った食生活ほど健康へのリスクはむしろ高まってしまいます。やはり好き嫌いなく、バランスよくいろいろ食べるというのがいちばん大切だと思います。なぜ人間は草食動物でも肉食動物でもなく雑食性なのか。これは太古の歴史へ遡り、いろいろなものを食べて今の人類に繋がってきているということだと思っています。ですから100年先にはそういった完璧な食品が世に出ているかもしれませんが、今の段階では皆無です。

商品開発をする食品会社に間違って欲しくないこと

食品会社にさらにリクエストを加えるなら、当然免疫力を上げるような食材を取り入れてほしいですし、さらに高齢者は噛む力が弱まっているので嚥下に対応できるような商品開発に力を入れていただきたいです。

私が東京医科大で働き始めた当時、脳卒中の後遺症などで飲み込むことがうまくできない嚥下障害の患者さんたちには嚥下障害食を出していました。これはミキサー食といい、普通の食事をミキサーにかけてドロドロの状態にし、少しとろみをつけたものです。今でもそういう食事を提供する施設は多いですが、患者さん目線からすれば「このドロドロのもの、一体なに?」となるでしょう。

そこで現職に着任して私が最初にしたことは、スタッフたち全員に目を閉じた状態で嚥下障害食を食べさせることでした。口の中になにが入っているかわからないというのは、人にとって大変な恐怖であることを体感してもらったのです。みんなつい作業効率を優先してしまい、患者さんの恐怖や違和感にまで気持ちが行き渡らない。しかし管理栄養士こそ、ここを理解していなければいけません。

短時間で効率よく必要な栄養素を取ってほしいからと、ミキサーでいっしょくたにしてしまう。そしてその食事を提供する看護師さんは、患者さんに向かって「今日のご飯はなんだろうね?」と言う。原型をとどめていないわけのわからない流動食には、メニュー名もつけようがありません。これは本当にやってはいけないことだと思います。

ですから食品メーカーさんに強くお願いしたいのでは、患者さん目線で、なにが原状だったのかわかるような商品開発をしてほしいということです。例えば現在の東京医科大では、魚をミンチにしてお出しするときは魚の形に再形成しています。トマトだったらトマトらしい円形にするなど、なにが材料になっているのかがわかるようなビジュアルにして患者さんのところへお届けしています。機能はもちろん追求していただきたいですが、日本の食文化を享受して育ったわれわれには「見た目」もきわめて重要なので、そこも踏まえた商品開発をぜひお願いしたいと思います。

咀嚼、嚥下困難にならないための食事

嚥下障害予防になる食事もあります。例えばスルメイカ。簡単に噛み切れないので何度も咀嚼することで、咀嚼筋という噛む力を司っている筋肉、さらにその筋肉を動かしている約30ある神経をトレーニングしていることになります。ほか、うるめいわしやししゃもなど、先人たちがよく食べていたものは、実は知らず知らずのうちに噛む力や飲み込む力の衰えを遅らしていたということが最近わかってきました。

高齢者の方には生活習慣病の予防にもなるし咀嚼嚥下の予防にもなる食事ということで、「昭和30年代の日本の食卓に並んだ食事が実はいちばん長寿で、病気にならない食生活なんですよ」と話しています。そうすると「ああ、あの頃の食事か」とイメージしやすいようです。

今後、食品メーカーさんなどが咀嚼、嚥下のトレーニングという視点で市場に参入するのは、管理栄養士としては大歓迎です。ずっと咀嚼していると唾液の分泌も促進されます。唾液には抗菌作用があるので自然と口腔ケアもでき、誤嚥性肺炎の予防になるなど、プラスアルファの効果も期待できます。ですから、そのような商品開発は高齢者にとってもわれわれにとってもありがたいものになると思います。


プロフィール

宮澤 靖

みやざわ・やすし

長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。


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腸内細菌や免疫に関する専門知識をより深めるべく研究を行っています。また、病院経営学の学習を通じて将来の医療のあり方や地域医療の課題について考察、高齢化社会における医療サービスのデリバリー化やICTの活用についても検討しています。


免疫力アップにつながる腸内細菌

現在、私は免疫について学んでいるところで、なかでも腸内細菌のことを重点的に勉強しています。もともと留学先の師匠が、体の中で一番大きな免疫機能である小腸のアミノ酸の代謝を専門にされている先生だったので、腸内細菌や腸管免疫に関するトレーニングは3年間みっちりしごかれたという経験もあります。腸管の免疫を上げるためには腸管の細菌叢をよくしなければいけないので、いかによくするかという新たな知識を得るべく研究を重ねています。


腸管は全身の免疫細胞の約7割が集まる、体内で最大の免疫器官です。お腹の中にいる胎児の腸内細菌は0で、まったくありません。栄養は臍の緒を通してお母さんからもらいますから消化管を使わないため、腸内細菌がいらないのです。それが産道を通るときに羊水や分泌液などいろいろなものを飲み込み、初めて腸内細菌が生えはじめます。そしてお母さんからおっぱいをもらうことでビフィズス菌や乳酸菌といった腸管に良い善玉菌が一気に増えていき、腸内細菌の数はおおよそ3歳までに人生のピークを迎えます。

そこから70歳ぐらいまでは平行線のままですが、70歳以降は次第に善玉菌が減少する一方で、ウェルシュ菌などの悪玉菌が増えてきてしまいます。それによって腸管免疫が落ちるので、病気になったり病気の治りが悪くなったりします。そこで、いかに高齢者が若い頃と同じような腸内細菌叢を保てるかを栄養素や食事の観点から考えようと、さまざまな専門の先生方と研究を進めているところです。


免疫力を上げる栄養素としてよく知られているのは、ヨーグルトやチーズなどの発酵食品でしょう。食物繊維も免疫力を上げる栄養素です。発酵食品や食満繊維は腸内細菌叢を改善し、免疫力を高めてくれます。

ほか、とある免疫賦活栄養素にも注目しており、臨床治験を行っているところです。ある老人ホームで2部屋の入所者の方だけにその栄養素を取ってもらったところ、ホームでコロナのクラスターが発生してしまった際、その2部屋の方だけ罹患しませんでした。インフルエンザも、その栄養素を取っている方は未だ感染者0です。これは本物ではないかということで研究を進めています。

ちなみに免疫力を上げる栄養素として「発酵食品」「食物繊維」と記しましたが、現在はこのようなグループでの扱いではなくより細かく、一つひとつの成分で見るようになってきています。この先さらに研究が進むと、食品メーカーは「この食品に食物繊維を加えましょう」ではなく、「この成分を入れましょう」という形で商品開発をすることになっていくでしょう。

管理栄養士が病院経営を学ぶ必要性

もうひとつ取り組んでいること、それは病院経営学を学ぶことです。MBA取得を目指しビジネススクールにも通っています。「管理栄養士がMBA?」と意外に思われるかもしれませんが、これからの時代、栄養の視点から見た病院経営は非常に重要になると思っています。


少子高齢化社会が進むと患者の数は確実に増えます。患者は増えても、少子化によりそれを見るメディカルスタッフの数は減ります。高齢者が今と変わらず安心・安全な医療を受けられる状態がこの先20年、30年続くかというと、残念ながら現実的には厳しくなるでしょう。しかも高齢者が増えるということは、納税者が減るということです。患者が増えて医療費は高騰するのに納税額は減る、これでは医療費がパンクしてしまいます。

医療費がパンクする未来では、薬だけに頼る医療ではなくなっていくことが予想されます。ではどうするかといえば、病気にならないような食生活に重点を置き、病気になったとしても栄養で治していくという時代になっていくでしょう。

さらにここ数年で食材費が高騰し、ご家庭でも病院でも大きな負担を強いられています。経営学的な視点で営業部門を運営することにより、患者さんにこの先も安心で安全な医療が提供できる健全な病院運営ができるのではと考え、勉強するに至った次第です。2024年8月から東京医科大に新設される「医療経営学」という講座を担当することになりました。

人口減の社会で必須となるデリバリー医療

今後は病院が患者さんの来訪を待つだけの医療ではなく、デリバリーもできる医療というのがかならず必要になってきます。


厚労省の試算によると、2045年ぐらいになると高齢者数も減り、さらには日本全体の人口も減少します。そうすると今度はクリニックの数が減ってくるわけです。患者さんの自宅に近いクリニックがなくなると、患者さんが医療機関にアクセスできなくなるという問題が生じます。さらに山間部の方では独居老人が今以上に増えていくので、仮に近くに基幹病院があったとしても、そこに出向く足がないという問題が生じます。

ですから、いずれはおそらく地域の基幹病院が医療をデリバリーする時代になっていくでしょう。大学病院が直接デリバリーまで手を伸ばすのは現実的に難しいですが、連携を取っている地域の基幹病院がデリバリーするというシステムを作っていかないとこの先、とりわけ地方都市での高齢者医療は完結できないのではと思います。


そこで重要になるのが、基幹病院と患者さんと繋ぐIoT、ICTです。外来の栄養指導も、診療報酬でタブレットを使用した遠隔での食事指導もOKと法律で決まりました。私の勤める東京医科大学病院は西新宿の交通の便利なところにありますが、それでも患者さんによっては足や目が不自由でアクセスが難しい方もいらっしゃいます。そういう患者さんにとって、自宅にいながらタブレットで食事指導してもらえれば負担も軽減されると思うのですが、ここで患者さんがタブレットを扱えないという問題が出てきます。そこで患者さんの自宅に医療従事者が来訪して指導するなり、もし専門外の人だったらタブレットの操作だけでもサポートするといったことは必要になってくるでしょう。


プロフィール

宮澤 靖

みやざわ・やすし

長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。


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日本のNSTは2000年以降急速に導入が進みましたが、どの医療機関においても管理栄養士の権限がアメリカと比べて限定的です。また、管理栄養士の臨床栄養のレベルは欧米に後れを取っており、急性期患者への対応に課題があります。対策としては教育改革が必要です。


現在の日本におけるNSTの現状

日本でも2000年以降、多くの病院でNSTが導入されるようになりました。公式発表ではありませんが、国内にある約9000の医療機関のうち、おそらく約半数でNSTが行われているといわれています。ただ、日本のNSTは助言のみで完結してしまっており、最終決定をするのは主治医の先生です。アメリカの場合はNSTのリコメンデーションが絶対的な権力を持っていて、主治医たりとも簡単には拒否できないほどの信頼関係が構築されていました。その辺はまだ日本もアメリカに学ばなければいけないところがあるのではと思います。


例えば日本で、糖尿病の患者さんにエネルギー制限するとなったとき、お医者さんが1日1400kcalと設定したとします。そこで管理栄養士が栄養学的な診断をして「先生、この患者さんは栄養状態が悪いから1600kcalのほうがいいですよ。1600kcalに上げても血糖値はそれほど高くならないから、糖尿病の悪化はありません」という助言をした場合、アメリカのお医者さんならば「なるほど、そうですね」となるところ、日本では「うん、けれどやはり1400kcalで……」となるといった具合です。


日本も医師や看護師、理学療法士、薬剤師、そして管理栄養士などスペシャリストが集まってひとりの患者さんを見ていきましょうという多職種協働を推進しているのに、なぜそうなってしまうのか。実は医療法に「医師の指示のもとに」という言葉が入っているのがネックになっているのです。それではいくらわれわれが「患者さんに食事の指導をします」と言ったところで、医師の指示がない限りかないません。これが医療法の縛りです。


医師が360度全方向への権限を持っていますから、医師が一言でも「いや、それは違うよ」と言えば、私たちはそれ以上踏み込めないのが法律的な問題としてあります。政府は医師の働き方改革でタスクシフトと言っていますが、本当にチーム医療をやりたいのならば、まずは医療法からそういった文言を消さないと。そうでなければ真の意味でのチーム医療は完成できないと思っています。

管理栄養士の仕事とは

日本には管理栄養士と栄養士という2種類の資格があります。その違いをご存じでしょうか。資格取得の方法、そして誰に対して栄養管理を行うことができるか、その2点が管理栄養士と栄養士の違いです。

資格取得の方法ですが、栄養士は都道府県知事の免許を受けた資格で、栄養士の養成施設を卒業すると資格が与えられます。管理栄養士は厚生労働大臣の免許を受けた国家資格で、栄養士の資格を取得していることと国家試験に合格することが資格取得の条件となります。

そして栄養士がおもに健康な人を対象に栄養指導などを行うのに対し、管理栄養士は傷病者や食事が取りづらくなっている高齢者など、一人ひとりに合わせて専門的な知識と技術を持って栄養指導や給食管理、栄養管理を行います。病院でNSTのメンバーとして携われるのも管理栄養士のみ、さらに一定規模以上の大きな集団給食施設には管理栄養士を置くことが法律によって義務づけられています。

栄養士の仕事は管理栄養士もできるため、政府でも「栄養士免許はいらないのでは」という検討がされているようです。診療報酬の算定対象になる栄養指導ができるのは管理栄養士だけなので、病院は栄養士の雇用には消極的という実情もあるため、私自身も一本化していいのではという考えです。


管理栄養士に求められる資質、これは何といってもコミュニケーション能力が高いことです。管理栄養士が働くフィールドはとても広く、医療機関や高齢者のための施設だけなく、食品会社、自衛隊の駐屯地・基地や刑務所でもニーズがありますし、最近はプロ野球などスポーツの世界でも管理栄養士が求められています。

どんな場所で働くにしても共通しているのは、必ず対象者がいるということ。それが患者さんでもアスリートでも、誰であれコミュニケーションを図ることができなければ、どれほど専門的な知識や技術があってもそれを対象者に最高の形で提供することはできないでしょう。コミュニケーション能力は不可欠な資質です。

世界における日本の管理栄養士の地位とレベル

医師と看護師の資格がない国はないと聞いたことがありますが、管理栄養士のライセンスがある国は、世界の国の約6割だそうです。アジアだけ見ても、カンボジアやネパールにはありません。また、他国のライセンスでも国内で栄養士として働くことが認められる国とそうでない国があります。たとえば私が留学、就業したアメリカは、日本の資格では管理栄養士としての仕事はできず、新たにアメリカのライセンスを取得する必要がありました。日本も同様で、日本で管理栄養士として就労する場合、日本の管理栄養士の資格以外は認めていません。

一方、シンガポールには管理栄養士の養成校が1校もないため、シンガポール人が資格を取るためにはイギリスやオーストラリア、ニュージーランドに留学して資格を取得します。帰国後それをシンガポール政府に提出するとシンガポールの栄養士の免許が発行されるという具合に、外国で取得した栄養士のライセンスが通用します。



管理栄養士のレベルも国によってかなり差があります。当然、日本の管理栄養士のレベルが気になるところでしょう。

日本で医療に関わっている管理栄養士の仕事を大きくわけると、食事提供というフードサービスと患者さんの治療に当たる臨床栄養の2つになります。そのうちフードサービスに関しては、日本の管理栄養士のレベルは世界トップです。旬の食材を使ったり、季節に合わせた献立を考えたりと、四季のある日本ならではの献立のクオリティの高さには定評があります。「旬を味わう」という日本の食生活に慣れている日本人にとって当たり前のことは、実はまったく当たり前のことではないのです。日本の病院給食はおいしくないという意見もありますが、トータルで考えればレベルは世界トップといえる高さです。

衛生管理もよく行き届いています。国によっては患者さんではなく栄養士に対して「食品に触れる前に手を洗いましょう」から指導しなければいけないところもあります。

ただ、もうひとつの仕事である臨床栄養には、研鑽を積まなければいけないことがたくさんあります。まず、アジアと欧米の臨床栄養には比較にならないほど差があります。さらにアジアでは韓国、台湾がトップで、日本はそれに次ぐ第2集団あたりにいる状態です。フードサービスの評価とは雲泥の差です。



日本の臨床栄養のレベルが上がらない最大の問題、それは管理栄養士の教育にあると思っています。

いま大学など養成校の管理栄養士を養成するカリキュラムで中心になっているものは、がんや心臓病、脳卒中、糖尿病など生活習慣病の人を対象とした食事療法です。心肺停止の人が救急車で運ばれてきたとか、交通事故で全身何十ヵ所も骨折しているとか、大やけどを負っているといった患者さんたちに対する教育は皆無です。一切教わらないまま大学病院などで働いても、そういう状態で食事をしない患者さんに対しての対応はできません。そういう点が、臨床栄養が欧米よりもまだまだ遅れている原因のひとつになっています。


留学時代、私は臓器移植外科に所属し、移植手術を受ける患者さんの術前術後の栄養管理をしていました。臓器移植の手術自体は「日本の先生のほうが上手では」と思うくらい日本のレベルは高いのですが、日本では臓器移植をする患者さんに管理栄養士が関わることはありません。医師がすべてハンドリングします。臨床栄養ではこれほどの差があるのが現実なのです。


外部環境も変わってきています。特に2022年4月に診療報酬が変更になった際、新たに周術期栄養管理実施加算というものが加わりました。これは手術前後の栄養管理をちゃんとすると診療報酬がもらえるというものです。それ以前にも、2000年の診療報酬改定で新設された早期栄養介入管理加算は、管理栄養士が医師と一緒に集中治療室に入っている患者さんの栄養を管理したら診療報酬がもらえるというものもあります。

こうして変化する外部環境を反映させたカリキュラムに変更しないと、これからの時代のニーズに合わないということを一部の養成校では気がついていて、超急性期の患者さんに対しての教育なども始まりつつあるところです。しかし私が今7つの学校で教えていることからもわかるように、これまで教えてこなかった領域のことを教えられる教員自体が不足しているのも課題です。


プロフィール

宮澤 靖

みやざわ・やすし

長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。


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管理栄養士の理想と現実

私は幼少時から医療に興味を抱いている子どもでした。幼いながら「大切な命をお預かりする尊い仕事のひとつだ」という思いがあったからでしょう。高校で化学が面白く得意科目になると、化学を生かした医療の道はないかと考えるようになり、薬剤師と管理栄養士という職業が該当すると知りました。薬を扱う薬剤師の場合、もちろん予防薬もありますが、基本的には病気になってからの登場ということになります。一方の管理栄養士は予防的な食事療法があるので病気になりづらい体づくりというところから関われるし、乳児から超高齢者までフィールドも幅広い。さらに薬は非日常的ですが食事は日常的なものですから、より患者さんに寄り添うことができるのではと考え、管理栄養士を目指すことにしました。

 

とはいえ、最初から高い志を持って北里保健衛生学院(現・北里大学保健衛生専門学院)に進学したわけではありません。向学心に火が付いたのは、実際に学び初めて、日頃の食生活次第で健康寿命が延びたりQOLが向上したりするということがわかってからです。しかも栄養次第で治療成績まで変わることも知り、栄養の奥深さにどんどん惹かれていきました。

 

「身につけた知識を臨床の現場で生かしたい」と就職先は病院を選び、卒業後は長野市の総合病院で働き始めました。管理栄養士はチーム医療の一員としての役目を果たせると学んできたこともあってやる気に満ちていたのですが、理想と現実のギャップは大きなものでした。日々の業務は厨房にこもって、ひたすら患者さんに提供する食事を作るだけ。管理栄養士としての知識を臨床で生かしたいという思いとはあまりに異なる現実に戸惑いました。ただ、当時の日本は管理栄養士も栄養士も「食事を作るのが仕事」という文化だったので、私が勤めたところに限らず、国内の病院ではこれが当たり前のことだったのです。

できることを模索する中で知ったNST

当然ながら、次に勤務した病院でも環境は変わりませんでした。むしろ初年度は食事を病室に配膳したり下げたりすること、食器を洗うことだけが私の仕事だったので、調理すらできなくなりました。学生時代にたくさんの知識を与えてくださった先生は医師の方が多かったので臨床をよくご存じで、「患者さんと関わって治療に貢献するという意識が大事」という信念があり、私にもその教えがしっかり根付いていました。それゆえに、その教えと現場でやっていることの格差にはずっと違和感がありました。

 

救いとなったのは、病棟への配膳・下膳の際に患者さんと直接会話できる機会があったことです。日々の業務の不満が知らず知らずのうちに顔に出ていたのか、ある患者さんから「兄ちゃん、どうした?」と声をかけられました。それがきっかけでその方と親しくなり、毎日さまざまな話をするようになりました。

しかしある日、いつものように病室に行ったところ空きベッドになっており、昨夜に病態が急変して亡くなったことを知りました。肩を落として上司にその旨を伝え、患者さんの名前や食事内容などが記載されている食札を渡す上司は「そうなんだ」とさらっと言い、私から受け取った食札をゴミ箱に捨てました。

そのとき心に湧いたのは、「私たち管理栄養士は初めて白衣に袖を通したあの日に『患者さんの命を全力で守る』と誓ったはずではなかったのか。人の死をなんだと思っているんだ」という憤りでした。

 

そこから私も変わりました。現状に不満を抱いているだけでは何も始まらない。自分から動かなければだめだと、担当業務を終えた後に病棟を回り、患者さんが食べられない原因や食べても痩せてしまう理由を毎日探すようになりました。上司からも看護師長からもいやな顔をされましたが、表面的には「すみません」と頭を下げつつ、病棟に通い続けました。

NSTではみな対等な立場で患者の命を守る

管理栄養士としてできることを模索する中で、アメリカの管理栄養士はベッドサイドで患者さんたちの治療に当たっているという情報を知り、それはすごいと驚きました。日本と同じ資格でそんなことをしているのかと。まだインターネットも普及しておらず情報収集も大変でしたが、それでもアメリカではNST(Nutrition Support Team)と呼ばれる栄養サポートチームがあり、そこで医師や看護師、薬剤師、そして栄養士が一緒になって患者さんの命を守るシステムということがわかりました。NSTにおける管理栄養士は栄養の専門家として重要な役割を担っているというのです。

自分のやりたいことはまさにこれだと確信し、すぐにでもNSTを学びたいと思ったのですが、1990年代初めの頃の日本にNSTを導入している病院はどこにもありませんでした。「勉強したいのに勉強できる場所がないなんて」と途方に暮れているとき、外資系製薬会社のMRの方が「どこの病院でもNSTを導入しているアメリカでなら勉強できますよ」と。なんでそんな簡単なことに気づかなかったのか、自分でも不思議です。余談ですが、そのMRの方は今も私のメンターのような役割をしてくれています。

 

早速、アメリカで研修を受け付けてくれている約30の大学病院に依頼の手紙を書いたところ、返事が来たのは2校のみ。いずれも受け入れOKで、研修期間は1校が3ヵ月、もう1校は4ヵ月だったので、「1日でも長くいられる方に行こう」と1993年、アトランタにあるエモリー大学医学部附属病院へ留学することにしました。結果的には留学後にそのまま入職したので、4ヵ月どころか約3年過ごすことになります。

 

現地で学び得たものは多岐にわたります。研修先で所属したのは臓器移植外科で、初日から病棟に出てNSTに加わりました。臓器移植はドナーとレシピエントがマッチングしたらすぐに移植しなければならないため、全症例がほぼ緊急手術です。私の師匠である先生は手術になれば手術室にこもりますから、その間の栄養管理は私が担当することになります。言葉の壁、医療従事者としての知識も不十分という状態でしたから苦労も多く、失態を師匠に叱責され涙を流したこともありました。それでも、日本で「これでいいのか」と思いながら悶々と過ごしている頃に比べたら、やりたかったことができている喜びのほうがはるかに大きい日々でした。

 

アメリカの医療従事者の「自分の身を削ってでも患者さんのために貢献する」「人の命を預かる仕事をしている」という姿勢には圧倒されるものがありました。栄養士も一様に職務に誇りを持っていて、「自分たちの努力や勉強の成果で患者さんの人生が変わる。人の命を預かる仕事をしているのだ」という意識が強いのです。

おのずと栄養士に対して現場で求められる知識や技術のレベルは高くなりますが、それをやりがいとして受け止め、誰もが生き生きと職務に尽力していました。治療の現場でも、医師や看護師などに栄養管理について提言すると「栄養の専門家が言うのだから」と受け入れられます。「医師だからえらい」とか「栄養士だから従わなければいけない」といった縛りなどなく、それぞれの専門領域に敬意があるからこそ成立しているシステムでした。管理栄養士にとってこれほどやりがいのあることはないと感じましたし、NSTを日本でも普及させたいという思いを強くしました。


プロフィール

宮澤 靖

みやざわ・やすし

長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。


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シニア 実態 文=松井健太郎 写真=高岡 弘

思い出の品々を整理しながら暮らす。 小さな家もお年寄りには幸せなのです。

「2世帯住宅にしたばかりに親子関係の仲が悪くなった」「一人で暮らしているとお友達やご近所さんが気兼ねなく遊びに来られ、楽しく暮らしています。寂しくないし、自由でいいです」「電気の交換とか、踏み台に昇らなくてはならず怖いです。近所の人に頼めると助かるのですが」といったお年寄りの暮らしの本音が、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)に紹介されているように、老後の住まいや暮らしのかたちはさまざまです。 その『いちばん未来のアイデアブック』を私とともに監修したルース・キャンベルさんは、現在、カリフォルニア州のCCRC(Continuing Care Retirement Community/継続的にケアされる高齢者のコミュニティ)に入居されています。サンフランシスコ郊外にあり、娘さんの家も近いので、お孫さんがしょっちゅう遊びに来るそうです。CCRCのマンションにはさまざまな人生を背負ってこられたお年寄りが暮らしておられ、「いい出会いに恵まれている」と満足そうにおっしゃっています。 十数年間、日本に滞在し、介護や認知症ケアについて研究されていたとき、ルースさんは小さな借家に住まわれ、アメリカに戻られてからもCCRCの小さめの家に暮らしています。ルースさんに限らず日本のお年寄りも、年齢を重ねるにつれて小さな家を好む傾向があるのかもしれません。不用になった荷物を処分したり、思い出の品々を整理したりしながら、コンパクトに暮らす。「小さい家も意外にいいね」と思えれば、幸せなのではないでしょうか。要は、家の中で何を大事にしたいのかということ。「お風呂」「本棚」「キッチン」など、「これだけは譲れない」という場所や設備が一つでも実現できれば、満たされた老後が過ごせるようにも思われます。 私は大学生のとき、老人ホームへインタビューに訪れたことがあります。畳の部屋に数人が寝るという昔のかたちの老人ホームでしたが、同じ環境に暮らしているのに、ある方は、「こんな姿になってしまって恥ずかしい。友達にも来てもらいたくない」とおっしゃいました。ところが、別の方は、「3度の食事がいただけて、掃除もみんなで分担し、あとは遊んでいればいい。こんな幸せな暮らしはありません」とおっしゃっていたのが、今も強烈な印象として記憶に残っています。同じ空間なのに、それを幸せと受け取れるか、不幸と考えてしまうか。施設での共同生活には、入所者のそれまでの生き方が表れるんだなと思いました。 シニア マーケット 高齢者 マーケット

老人ホーム、シェアハウス、近居…。 何よりも自分がハッピーに暮らすこと。

一人暮らしはもう無理だろうと家族に言われ、自分の意志によらず、住み慣れた家を離れることを余儀なくされるお年寄りもおられます。住み慣れた家や地域から引っ越すのは、お年寄りにとってはかなりな苦痛を伴います。友達や仲間と別れ、慣れ親しんだ街を離れることは、人生の中でもかなり大きな変化を迫られることになりますから。最初のうちは引っ越しによる生活の変化をなかなか受け入れることができず、折り合いをつけるために自問自答を繰り返す方もおられます。 ただ、引っ越すのは悪いことばかりではなく、一人暮らしで話し相手もいなかった方が、「老人ホームに入って仲の良い友達ができた」と言うように、人生に良い変化が生まれるきっかけになり得ることもあります。 年輩の方と若者が一緒に暮らすシェアハウスもあります。炊事を分担したり、寂しさを紛らわしたり、そんなに豪勢な暮らしではなくても、生活の空間や時間を、年齢を超えてシェアするのもいいものです。家族のかたちにこだわらず、いろいろなかたちの暮らし方があってもいいと思います。 「近居」という暮らし方もあります。先述したルースさんも、娘さんがそばにいるという安心感を持って暮らしています。孫を迎えに行ったり、お母さんが帰ってくるまでCCRCの家で一緒に遊んだり。孫の世話をすることで娘の役に立てるということが生きがいの一つにもなっているのです。誰かに世話されるばかりではなく、自分が誰かの世話をすること。多くの年配者は、誰かの役に立ちたいと思っているのです。 ただ、誰かの役に立っていないといけないと思い込むのも窮屈です。とりたてて社会の役に立っていなくても、平気でいられるような自分をつくるのも大事かもしれません。今までいろいろな人のためになることをなさってきたのですし、何よりもご自身がハッピーでいることこそ、家族やまわりの人たちにとっては望ましいこととも言えるのですから。 シニア マーケット 高齢者 マーケット

認知症の方の住まいは、シンプルに。 バリアフリーの一歩先の設備や機器を。

認知症の方にとっての住まいは、シンプルで心地よい環境であることが大事です。例えば、好きな音楽を聴きたいときも、ボタンを一つ押せば流れるような、単純な操作で機能する設備や機器が求められます。認知症の方の家族は、「音楽が好きだから」とCDプレイヤーなどを部屋に置かれることがあるのですが、認知症の方は電源をつけることさえできない場合が少なくありません。操作の簡単ではないCDプレイヤーを置いても、部屋に音楽は流れないのです。 あるいは、絵が描くことが好きな方には、身近なところに画材が置いてあって、いつでも絵が描けるというような環境を用意しましょう。バリアフリーの一歩先とでも言いましょうか、自分が好きなことをすぐに楽しむことができる住まいの設備や機器には、大きなニーズがあると思います。 さて、ご家族の意志で介護施設に入院した認知症の方には、自分の意に反する入院に憤りを覚えてらっしゃる方もおられます。カウンセリングを続けていくなかで、少しずつ気持ちがほぐれ、家族を許してもいいと思うようになるのですが、認知症の症状が進行して施設に入院することになる前に、自分自身で答えを出しておくことも重要です。もし自分がそうなった場合に、どういうところで、どんなふうに暮らしたいか、ご家族と事前に話し合っておきましょう。 認知症で判断能力がないとき、後見人が決めるという場合もあり得るのですが、それはなるべく避けたほうがいいと思います。自分の意志ではなく入院させられ、空き家になった家を勝手に売却されて、寂しい思い、悔しい思いをされたという方のお話を伺ったことがあります。それは、人権に関わる問題です。人権擁護団体などに相談するのも一つの対応策だと思います。 人権という意味では、認知症の方が徘徊しないようにと管理、監視する傾向が高まっているのも事実です。でも、人にとって最も大切にされるべきものは「自由」です。自由が損なわれ、安全ばかりが優先される社会は少々危険ではないでしょうか。もちろん、技術的に防げるのであれば工夫することに反対はしませんが、極端に安全を求め、住まいや施設だけではないあらゆるところに監視カメラが設置され、自由な行動を妨げられることに違和感を覚えずにはいられません。認知症の徘徊に限らず、どうやって「管理フリー」な社会をつくっていくかは、これからの私たちの課題でしょう。人は互いに迷惑をかけ、一方で助け合いながら生きていくものだということを忘れてはいけません。

プロフィールシニア マーケット 高齢者 マーケット

黒川由紀子 くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。シニア 生活 シニア マーケット 文=松井健太郎 写真=高岡 弘

暮らしの楽しみ? もちろん食事。 年齢やスタイルに合った食べ方を。

お年寄りの方に「日々の暮らしの楽しみは?」と尋ねると、約42%の方が「食事」と答えるように、食べること、飲むことは、からだと心の健康のために欠かせない営みです。若い頃と同様に、何の問題もなく食事を楽しめる方はいいのですが、年齢を重ねるに伴ってさまざまな変化が生じてきます。 変化の一つは、食事の量。多くのお年寄りがおっしゃるのは、「レストランの食事は量が多い」ということ。「多ければ残してもいいですよ」と言われても、戦後の食糧難の時代に子ども時代を過ごした方々ですから、食べ物を残すことには抵抗があります。「残すのはもったいない」と。 そこで提案なのですが、若い方向けに「大盛り」があるように、お年寄り向けに「小盛り」があってもいいような気がします。ただ、ハーフポーションだからといって1000円を半額にする必要はなく、800円程度でいいのです。それなりの料金を支払って注文できれば、「お年寄り=安いお客さん」というような肩身の狭い思いをしなくてすみますから。あるいは、値段は1000円のまま、量は少なめでも多彩なおかずが味わえるといった高齢者向けのメニューも人気を呼びそうです。アメリカのシカゴにある年配者向けのレストランが成功していると聞いています。スモールポーションで、おいしくて。ただ、値段はちょっと高めだそうですが。 また、家で食べるにしろ、レストランで外食するにしろ、「一人で食事をするのは寂しい」とおっしゃるお年寄りは少なくありません。そんな方のために、高齢者が集まって食事を楽しむ会も開かれているようですが、私は、いわゆる「個食」もそれなりに重要だと考えています。一人の時間がほしいと思うお年寄りも意外におられますから、「個食はダメ」と決めつけるのはよくないでしょう。 普段は一人で食事して、ときには誰かと一緒に話しながら食べたいと思ったら、外へ出かけ、友だちや仲間と食べる機会をつくればいいのです。たとえば、近所にいきつけの居酒屋をつくるとか。居酒屋でアルバイトをしている学生に聞くと、「常連のお年寄りが一人で来られ、いろいろな会話をしますよ」と言っていました。そんな食事を楽しむ方もけっこうおられます。 料理がとびきりおいしくなくても、気さくな雰囲気で、お年寄りにも親切で。という人間力が高いお店は、「行きたくなる」とおっしゃいます。人と競争して、勝ってという価値観に生きていた若い頃は、「食事も勝負だ」と話題の高級店などに行きたがりますが、第一線を退いてからは、味はともかく、くつろいだ気分になれるお店がなにより。店員さんとちょっとした会話を交わしながら食事を楽しむというのも素敵な過ごし方だと思います。 シニア 生活 シニア マーケット

お年寄りの方は荷物の運搬に難儀。 常時、配達員がいれば人気スーパーに。

『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)にあるように、「食事の準備が面倒だ」という声も多く聞かれますが、それ以上に、「食材を買いに行ったときの荷物の運搬」に困っているお年寄りがたくさんおられます。昔は、「御用聞きさん」が各家庭を回って、お米やお酒、味噌や醤油といった重い食材は配達に来てくれていましたが、今はあまり見かけなくなりました。トラックで街を回る移動販売車も都会ではあまり目にしません。復活すればいいのにと思うこともしばしばです。 ただ、最近は街のスーパーでも一定の金額以上の買い物をすれば、無料で配達してくれるサービスも増えてきました。とても便利だと思います。有料でもかまわないので、買い物をした金額にかかわらず荷物を配達してくれたら、きっとお年寄りの利用は増えるでしょうから行ってほしいですね。 また、大手スーパーでは、インターネットによる注文と配達を行っているところも見かけるようになりました。これも便利なシステムだと思います。インターネットを扱うことが苦手なお年寄りも多いですが、実は、そうしたインターネットを活用した買い物や配達の代行サービスのメリットをもっとも享受するのは高齢者かもしれません。より簡単に操作できるようになれば、利用はもっと増える気がします。 それから、私の知る年配の方がコンビニエンスストアで重い食材を買い物したときのエピソードがあります。そのコンビニでは、配達サービスは行っていなかったのですが、なんと店員さんは制服を脱ぎ、プライベートとして食材を家まで運んでくれたそうです。どこのコンビニかは聞きませんでしたが、ちょっと心が温まるお話です。 そんなふうに、買い物を始め、生活の細かな部分でのサービスや、あるいはボランティアが、案外少ないように感じます。足や腰を悪くされて、数百メートル先のスーパーにさえ買い物に行けない「買い物難民」のお年寄りは、都会にも多く暮らしておられます。安売りをアピールするだけではなく、御用聞きや配達サービスに力を入れているスーパーこそ、これからの時代は支持されるはず。常時、配達要員のアルバイトを雇っているような、高齢者にやさしいスーパーが増えるといいですね。 シニア 生活 シニア マーケット

認知症が進んだ方は嚥下障害に注意。 誤嚥性肺炎は死因の一つに挙げられます。

病院や施設に入所されているお年寄りにとっても、食事は大きな楽しみです。ただ、健康な歯の減少や味覚の変化、味覚障害など、食事の楽しみを阻害するからだの変化も起こってきます。 また、認知症が進んでくると、嚥下障害も見られるようになります。嚥下障害とは、口に入れたものを咀嚼した後、ゴクンと飲み込む際にうまく飲み込めないことを言います。飲み込めたとしても、食道に入るべきものが気道に入ってしまうと激しくむせてしまいます。これを、誤嚥と言います。一定の年齢を超えると誤嚥の頻度が高まります。気道から肺に入ってしまうことで肺炎を起こす誤嚥性肺炎は死因の一つにも挙げられるので、十分に注意する必要があります。本人だけでは防ぎようのない面もあるため、介護者のケアのしかたが重要になります。 最近は、嚥下障害があるお年寄りのために、「介護食」と呼ばれる食品も数多く開発、販売されています。品質は保持しつつ、喉に詰まらせずに食べられる食品を各メーカーが開発しています。適度なとろみがつけてあると飲み込みやすく、逆にするするとした液体状のものは喉に詰まりやすいようです。ただ、そうした介護食がすごくおいしいかというと、首をひねらざるを得ません。機能は備えているかもしれませんが、味わいには工夫の余地があるように思います。 介護食だけでなく、一般的な食品をお年寄り向けに開発する必要も感じています。その意味では、意外と言えば失礼かもしれませんが、コンビニエンスストアは工夫されているように思います。もっと多くの食品メーカーがお年寄り向けの食品をつくり、品数も豊富に取り揃えれば、食事の楽しさをより豊かに味わえるようになると思います。

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黒川由紀子 くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。

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文=松井健太郎
写真=高岡 弘

 

年を取ることは「痛みとの戦い」。
体力の衰えに応じてできる工夫を。

 日本の平均寿命は84歳。世界1位です。健康寿命も年々伸びています。ただ同時に、長寿になったがために体力の衰えを実感する場面が増えていることも事実です。階段を若者がスタスタと駆け上がっていく姿を羨ましそうに見上げながら、手すりを握って一段一段昇ったり、昔はできた運動ができなくなったと感じたり。だからこそ、体力を維持、増強するための運動に関心が高い人が多いのでしょう。習慣的に運動している方の割合は、若者(20〜29歳)の16.5%に比べ、高齢者(70歳以上)は43.3%と圧倒的に高いのです。私がときどき行くジムには、杖をつきながら、あるいは車椅子に乗って来られる方もおられます。

 体力が落ちるきっかけは、転んで骨折したり、長期入院するなど、ケガや病気が原因に挙げられますが、それよりも「痛み」が原因になる場合のほうが多いように感じます。肩、腰、膝、指……。年齢とともに体の節々に痛みを覚えるのは珍しいことではありません。むしろ、当然のこと。『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)でも紹介しているように、「何か行動する前には自分の体と相談してから」と年輩の方はおっしゃいます。朝、起きたら、「肩よし」「膝よし」「心臓よし」と、指さし確認のように体をチェックする習慣を持つ方もおられます。年を取るということは、「痛みとの戦い」でもあるのです。

 体の痛みが頻発すれば、気力も失われ、何をするにも億劫になりがちに。複数の用事ができなくなる方もおられます。「病院へ行った後、友達から食事に誘われているけど、膝が痛くなって行けなくなったらどうしよう」と、2つ目の用事に対して慎重になり、約束しなくなることも。そうして行動量が減り、ますます体力が衰えていくという悪循環に陥るのです。

 そこで、年輩の方は工夫をします。体をケアするための運動を行ったり、食事に気を配ったり。さらに、ヒールはやめて靴底の滑り止めがしっかりした靴を履くとか、散歩に出かけるときは転びにくい道を選ぶとか。外部の環境に働きかけ、調整することによって、痛みやケガをできる限り回避し、体力の維持に努めるのです。

 そんなふうに、痛みを受け入れながらも、体力を維持するためのアイデアを考え、暮らしに生かしておられます。一週間前はできなかったことが今日できたらうれしい気持ちになれますから。でも、けっして無理はしません。体力の衰えに応じてできることを工夫しながら、自分の限界をちょっと超えてみる運動にも挑戦しておられるのです。

 

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財布から小銭がスムーズに出せない。
コンビニのレジに「シルバーレーン」を!

 高齢になると、手先の巧緻性が低下します。指先の細かな運動が難しくなり、お財布の小銭がスムーズに取り出せないこともあるようです。そのため、スーパーやコンビニのレジでのお会計に時間がかかってしまい、後ろに並んでいる若い人にイライラされ、ますます萎縮して焦ったり。ほかのお客さんに迷惑をかけまいと、1000円札ばかりで支払っているうちに、お財布にどんどん小銭が増えてしまうという悩みを抱えている方も少なくないようです。

 そんな高齢者のために、レジに「シルバーレーン」を設けてはいかがでしょうか? 年輩の方が比較的多く住んでおられる地域で、店内にある程度のスペースが確保できるようなら、ぜひ備えてほしいですね。若者の論理を高齢者に押し付けるのは間違っていますし、年輩の方がゆっくりと買い物ができればお店の売り上げも上がるでしょうから。

 アメリカに住んでいた私の両親は、地域のコミュニティのプールに通っていましたが、そこには「シルバータイム」があり、年輩の方が気兼ねなく、安心して泳げる時間が設けられていました。高齢者へのリスペクトが感じられ、とても心地よかったようです。

 さて、体力が衰えてくると、なるべく重いものを持ちたくないという気持ちも働きます。洋服一着にしても、「若いときはどんなに重たい服でも平気で着こなしていたけれど、重さのある洋服は体に負担がかかるので着たくない」とおっしゃるのです。「携帯電話さえ置いて出かけたい」と。暑い時期には熱中症予防のために水やお茶が入ったペットボトルを持ち歩く方が増えますが、年輩の方にとってはそれも重いので、10センチもない小さくて軽い容器に水を入れて携行するなど工夫されています。市販のペットボトル飲料も、ミニで軽量のものを発売すれば売れるかもしれません。

 また、適度な力でコップやボールペンを握ることが難しくなることもあります。力の加減がうまくできないのでグラスを落としてしまったり、極端な場合は、握手をするときにものすごい力を出してしまって相手の方が骨折をしたという話も聞いたことがあります。そこまでいくと、かなり認知機能が低下しているのですが、程度の差こそあれ、力の調節は高齢者にとっては切実な問題の一つなのです。

 

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認知症だからと特別視しないこと。
自分の「引き出し」から好きな運動を。

 認知症の方でも、とくに初期の頃には体力が保たれている方は多いです。水泳を趣味にされ、1キロも泳ぎ切る方がおられれば、ゴルフを楽しまれている方もおられます。認知症だからといって、「泳いではいけない」「ゴルフは危ない」と何でも禁止するのはよくありません。大切なのは、認知症の方を特別視しないこと。

 とは言え、歩いていたら迷子になってしまうこともあるでしょうから、周囲の人たちの配慮や工夫は必要です。安全に、安心して体力を維持、増強できる場を設けることが求められます。

 一つ言えるのは、認知症の方は新しいことを習い覚えるのが難しくなってくるので、体力を維持、増強する場合でも、過去に体にインプットされた運動をすることをおすすめします。一度、自分のなかにどれだけ使える「引き出し」があるかを振り返ってみてはいかがでしょうか? 年を取ると習慣が頼りになってきます。習慣化されたような行動が幅広くあると、毎日をより楽しく過ごすことができそうです。若い頃にはよくハイキングに出かけていた、釣りが趣味だった、そういう過去の「引き出し」を思い出してみてください。新しいことを始めるのが負担な方は、「引き出し」にしまっていた趣味や運動を始めることもいいでしょう。始めるときに仲間がいると、なおいいかもしれません。自分が培ってきた経験を生かしながら、仲間と一緒に楽しく体を動かしましょう。認知症を予防するには、若いうちからそうした「引き出し」をなるべく増やしておくことも肝心です。

 歩いたことがない方はほとんどおられないと思いますので、散歩もいいかもしれません。ただ、認知症の方の散歩には心配もつきもの。『東京都健康長寿医療センター』研究員の伊東美緒さんは認知症の方の散歩について研究されていて、認知症高齢者の散歩を地域のコミュニティで見守り、公園などでひとときの時間を一緒に過ごすということを実践されています。認知症高齢者対象の施設に入所すると、「もしも何かあったら」と考えてなかなか散歩に連れ出してもらえないようですが、散歩というシンプルな運動をいかに楽しく、豊かに、地域の方々にとっても有意義なかたちでつくっていけるか、社会全体で考える必要はあると思います。シルバーウォーキングの指導者が先頭に立って歩いたり、若いボランティアが声をかけながら散歩したりするのもコミュニケーションが図れていいかもしれませんね。



2016年8月


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黒川由紀子
くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。

_MG_9413 文=松井健太郎 写真=高岡 弘

年輩の方も参加できる「ゆるスポーツ」。 外出のきっかけになることを期待。

『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)のアンケート調査で、「日常生活で不自由を感じるのは?」と尋ねたところ、最も多かった回答が「外出するとき」(13.0%)でした。年輩の方にとって「街」は必ずしも快適な場所とは言えないようです。さらに、「外出先で困ることは?」と問うと、「道路に階段、段差、傾斜があったり、歩道が狭い」(15.2%)、「ベンチや椅子など休める場所が少ない」(13.7%)、「トイレが少ない、使いにくい」(11.3%)、「地下道路などが複雑で、どこを歩いているかわからなくなる」(5.2%)という回答が得られました。以前と比べると、駅にはエレベーターが設置されるなど街の環境は改善されてきたように感じる一方で、若い方が階段を勢いよく駆け下りるすぐそばでお年寄りの方が怖い思いをされている場面もしばしば見かけます。電車に女性専用車両があるように、街にもお年寄りの「専用レーン」が設けられ、ゆっくりと安心して歩いたり、階段を上り下りできる空間が増えればいいなと思います。連載の第1回で、アメリカのプールに「シルバータイム」という、年輩の方だけが泳げる時間が設けられているという話をしましたが、プールに限らず、日本の公園のジョギングコースや、駅やデパートに設置されているベンチにも、お年寄りが優先される「シルバータイム」を設けてはいかがでしょうか。 スポーツの話で思い出しましたが、皆さんは「ゆるスポーツ」をご存知ですか?年齢や性別、運動神経の良し悪しに関わらず、誰もが楽しめる新しいスポーツで、一般社団法人『世界ゆるスポーツ協会』という団体が考案し、普及させています。ゆるスポーツはいくつかのカテゴリーに分かれていて、そのなかの一つ、「ゆるスポヘルスケア」はお年寄りの方も簡単に参加できるもの。例えば、「打ち上げ花火」というゆるスポーツは、天井に光る的に向かって風船を投げ上げ、中心に近い的に当たると高得点を得られ、大きなデジタルの花火が打ち上がります。腕の上げ下げ運動や、首まわりのストレッチに効果があるようです。「トントンボイス相撲」は、紙相撲なのですが、手で土俵を叩くのではなく、「トントントン!」と声を発するとその振動が土俵に伝わり、紙の力士が相撲を取るというもの。高齢になると喉の機能が低下し、嚥下障害を起こすこともありますが、そのリハビリを楽しく行えるゆるスポーツです。 そんなユーモアあふれるゆるスポーツが、街なかの施設や公園で気軽に楽しめるようになれば、年輩の方が外出するきっかけの一つになるかもしれませんね。 _MG_9579

街全体がツルンとするのは反対。 バリアフリーよりも思いやりを。

前章で紹介した『いちばん未来のアイデアブック』のアンケートで、「道路の段差が困る」という回答が多く寄せられました。実は、私は4年ほど前、うかつにも転んで足首を骨折し、しばらくの間、車椅子に頼る生活を送ったことがあります。当時、上智大学に勤務していたのですが、それまでは気にならなかった微妙な段差がキャンパス内にたくさんあることに気づかされました。教室にたどり着くのもひと苦労です。雨が降るとさらに大変。車椅子では傘は差せませんから。両手を自由にするためにリュックがほしいと思いましたが、車椅子の背もたれにぶつかり、背負えません。 さらに、キャンパスから外へ出て、青山一丁目界隈に車椅子で散歩してみると、フラットだと思っていた道路が障害だらけなのにも驚きました。歩道の端も急勾配になっています。勾配を乗り越えるために相当な力を要しました。ですから、「道路の段差が困る」という回答に共感する部分は大いにあるのですが、かと言って、街全体が段差のないツルンとしたつくりになるのは個人的には反対です。私の知る80代の女性は、急な階段のあるアパートの2階に住んでおられます。体力の面で年相応の衰えがあり、階段を上がり下りされている姿は危なっかしくも見えるのですが、逆に、いい歩行訓練にもなっていると思いました。 そうした小さな「障害」さえも、街や建物から一切なくなり、女性もエレベーターで上り下りするようになったら、移動は楽にはなりますが、おそらく体力はさらに衰え、歩行時の注意力も低下することになるでしょう。それは、安全という名の大きな危険をはらむ街になること。経験者として、車椅子で移動できる道筋の確保は声を大にして求めたいことではありますが、極端なバリアフリー社会に移行することには反対です。完璧なバリアフリーよりも、街の段差で困っている高齢者や障害者を見かけたら、周囲の人が思いやりの手をさしのべることで乗り越えるのが、いちばん大事な未来のアイデアだと思うから。 _MG_9493

認知症に関する知識を事前に共有。 街全体で対応できる仕組みづくりを。

認知症の方にとっても、街は過ごしやすくあるべきです。今、「認知症サポーター養成講座」が全国で広がりを見せていますが、実際のところ、それを受講したからといって認知症に関する専門的な知識を得られるとは思えません。ただ、厚生労働省がコンセプトに掲げる「認知症高齢者等にやさしい地域づくり」に取り組むきっかけとして、受講者が増え、街に暮らす人々に理解が広まるのはよいことだと思っています。理解が広まった先に、どこへ連絡すれば対応を助けてもらえるのかというシステムができれば、なおよいですね。そうなれば、商店街のお店に認知症と思われるお客さんが来店した場合にも、互いが不安に陥らずにすむでしょうから。 前頭側頭型認知症(ピック病)の患者さんは、万引きをしてしまう可能性があります。もちろん万引きは犯罪ですが、認知症の症状の一つでもあるわけです。そこで、当事者が行きそうな店を事前に訪れ、事情を説明し、「もしも商品を盗んでしまった場合には必ず返しますので、そういう行動が見られたら電話連絡をください」という対応をされているご家族もおられます。そうした万引きの背景には、認知症の可能性があるという知識も一般的にあまり知られてはいません。そうした知識も、より多くの方々に知ってもらいたいです。事前に共有できていれば、大きなトラブルに発展することも少なくなるでしょう。 そんな、認知症の方が暮らしやすい街づくりを目指して取り組んでおられるのが、東京・世田谷区のNPO『語らいの家』代表の坪井信子さんです。NPOのある成城で、認知症の方に対してフレンドリーな店舗や施設を示した街のマップを制作されました。マップは、認知症の当事者や家族、あるいは、店舗や施設で働く従業員が利用されているようです。マッピングされた店舗や施設の従業員は、認知症の方への対応の訓練を受けたり、対応できない場合にサポートを求める施設とつながりを持ったり、「監視」という考え方ではなく、困ったときに街全体で対応できる仕組みをつくられたのです。「一主婦」だった坪井さんの先駆的な活動は、今や全国に知られるようになり、海外からも視察に訪れるほど注目を集めています。 超高齢社会に突入した今、認知症を患う高齢者もますます増えていくと思われます。認知症の方々が街にたくさんおられることを前提にした街づくりを、当事者や家族を含めた街に暮らす人々、店舗や施設、行政が一緒になって考えなければいけない時代が訪れているのです。

2017年9月


プロフィール高齢者 生活 シニア 生活

黒川由紀子 くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学名誉教授、慶成会老年学研究所特別顧問。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。_MG_9449 文=松井健太郎 写真=高岡 弘

「いい関係だけで人とつながっていたら、 その人の人生はとてもつまらない」

「いい関係だけで人とつながっていたら、その人の人生はとてもつまらない」。これは私が大学生のとき、卒論制作のためにいろいろな方にインビューをしていたなかで、ある方に言われた言葉です。今も思い出すことがあります。人は誰しも、性格が合わない人や自分を苦しめる人との関係よりも、楽しくて、建設的なおつきあいができる相手を求めます。年輩の方も同じです。ただ、この言葉の意味を考えるうちに、「どうしようもない人だな」と苦笑いしてしまうような相手との関係も、実は、自分を変えてくれることもあるということを私も理解できるようになってきました。 “もやもや”を自分に与えてくれる人の力とでも言いましょうか、嫌な相手がもやもやした人間なのではなく、もやもやの種は自分のなかにあるということに気づいたのです。自分のなかにあるもやもやの種を、嫌な相手に刺激されるから心がもやもやするのです。刺激されることで、嫌な気分になりはしますが、後々、心の幅が広がったり、考え方に深みが増したりすることもあります。クリエイティブなものに変換されたり、建設的で視野の広い考えを得られることもあります。そういった、困難を伴う人づきあいをさんざん経験してこられたのが年輩者なのです。人づきあいの奥深さを熟知された人間関係のエキスパート。そんな年輩者は、何歳になられても未知の出会いを大切にされるし、逆に、自分にとって必要ではない人づきあいに対しては「NO!」と言えるのだと思います。 過去にわだかまりがあった人と久しぶりに再会し、和解した方もおられます。高校生の頃、自分を虐めていたクラスメートがいて、「何十年経っても許せない」と言っていたはずなのに、何かの機会に再会し、互いに話すうちに仲直りすることができ、「今度、一緒に老人ホームを見学に行こう」と微笑ましいおつきあいが始まったという話を聞きました。さすが、人間関係のエキスパート。相手を非難しつつも、同時に許す心も持ち合わせておられたのです。 家族との関係にもエキスパートぶりを発揮できればいいですね。息子や娘夫婦、あるいは孫が、自分の代わりに用事を行ってくれたときも、意地を張らずに、「助かるわ、ありがとう」と言って受け入れる姿勢を育むと関係がうまくいくはずです。これまでは家族の中心的存在だった自分が果たしていた役割を次世代の主役に奪われるようで切ない気持ちになるかもしれませんが、「助かるわ、ありがとう」とお願いする。どうしても譲れないことは「大丈夫。自分でやるから」と断ればいいのですが、どちらがやってもいいようなことで「やりますよ」と言われたときは、任せればいいと思います。それも、家族内の人間関係を円満にする一つの方法でしょう。 _MG_9439 一人の人間が、大人として、 発する言葉をもっと尊重すべきでは? 一人暮らしの高齢者は人づきあいをしていないというのは、よくある誤解の一つです。一人暮らしという言葉をすぐに孤独や孤立と結びつけるのはよくありません。一人暮らしは惨めだとか、可哀想だとか、パートナーや家族はいないのかといった偏見にも近い見方は捨て、個に対してその存在をもっと尊重するべきだと私は思います。 もちろん、誰かと話したい、つながりたいのに一人になってしまっている高齢者もおられます。その場合は、地域の集まりに誘ってあげるなど、行政を含めて何らかのサポートを行うべきでしょう。ただ、一人暮らしを楽しんでおられる年輩の方も大勢おられます。私は、高齢になっても一人で生きている方は格好いいと感じます。例えば、雪深い東北の山奥で一人暮らしをしている年輩の女性がいる。子どもは東京で暮らしているから、冬の雪下ろしもできない。近所の人に手伝ってもらうしかない暮らしぶりを、子どもは東京で心配している。だから、東京に呼び寄せようと考え、家を新築する。しかし、女性は断固拒否。今、東京に行ってしまったら、自分の暮らしが根こそぎなくなってしまうから。当然ですよね。高齢者はただ生きていればいいというものでは決してなく、たとえ雪深い地域で、何か起こってもそれが本望だとしたら、その女性の思いや生き方を尊重すべきです。もちろん、放っておくわけではなく、折に触れて電話をかけたり、訪ねることは必要です。 最近、つくづく思うのです。一人の人間が大人として発する言葉をもっと尊重すべきなのではないかと。長い人生を生き抜いてこられた年輩者の言葉を信頼し、尊重しようという思いがとみに強くなってきた気がします。一人で山奥に住んでいるだけで、「何か手を打たなければ」とネガティブに見られる傾向がありますが、それもその女性が選んだ人生。高齢者対策の対象ではないのです。 今、地域の高齢者と交流しながら楽しく暮らす若い人たちが増えています。都会から移住しているようです。そんな若者と年輩の方々の交流がもっと増えれば、世の中も変わっていくかもしれませんね。血縁だけによらなくても、世代を超えたいい人づきあいが生まれる可能性が、地方にも、都会にもあると思います。

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なぜ、毎朝4時に起きるのか? その人らしさが発揮できる環境を。 認知症の方と関わるときの大前提は、普通に接すること。認知症と言っても、実は一般的に思い描かれているような行動を取る方はそれほど多くはないのです。初期の段階ではとくに。ただ、その後、進行してしまい、頻繁に迷子になったり、言ったことを忘れてものごとがこじれたり、財産や経済的な管理が難しくなって家族のあいだで摩擦や争いごとが起こるケースもありますが、もの忘れがひどい程度の初期の段階では、普通に接するように心がけてほしいです。そして、認知症にも多様なかたちがありますから、どんな性格か、何を好み、何を好まないか、どういう生き方をしてこられたかなど、一人の人間として、その方の個性をよく理解した上で関わることが大事です。 東京・世田谷区に「かたらい」というグループホームがあります。高齢者施設や病院では普通、起床時間や消灯時間が決まっていますが、「かたらい」にはありません。運営されているNPO「語らいの家」代表の坪井信子さんに伺うと、「朝4時に起きる人も、10時に起きる人も、私たちは認めています」とおっしゃいました。毎朝4時に起きる認知症の方のご家族に伺うと、「4時に起きて、家の掃除をしていました」とのこと。それを聞いた坪井さんはその方に、「よろしければ、施設のお掃除をしていただけますか?」とお願いいたら、喜んで掃除をされるようになったということです。なぜ4時に起きるのかという理由を知り、その人らしさを発揮してもらう。そんな、認知症の方一人ひとりの生活を尊重するような関わりが大事という象徴的なお話です。 こんなお話もあります。今の年輩の男性はあまり料理をしません。グループホームで、料理なんか絶対にしないとおっしゃっていたある男性が、あるとき突然、料理をしていた人たちに混じって、野菜を切り始めたのです。職員はとても驚かれたようです。聞けば、戦時中に軍隊で料理をした経験があり、それを思い出したと。私はそのお話を聞き、一人ひとりのなかに眠っている思わぬヒストリーや力を発掘できるような環境や関わり方が施設にあればと思いました。 私たちが実践している回想法は、薬に頼らず、その方のヒストリーやその方らしさが浮かび上がってくるような方法論を開発してきました。薬によらない関わり方がファーストチョイスだと厚生労働省も定め、制限付きではありますが保険点数もついています。認知症の方は不安に陥ると悪い方向へ向かいやすいので、「私はここにいてよくて、誰も私をおびやかさない」という心理的に安心できる状況を、家族だけでは大変なので、いろいろな方のサポートを借りながらつくり、個を尊重しながら関わっていくようにしたいですね。

2017年5月


プロフィール高齢者 生活 シニア 生活

黒川由紀子 くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学名誉教授、慶成会老年学研究所特別顧問。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。シニア 生活 実態 文=松井健太郎 写真=高岡 弘

家の冷蔵庫にマヨネーズが18個。 もの忘れがひどくなり、認知症の疑いも。

年齢を重ねると、もの忘れが頻繁になってきます。人の名前が思い出せないのは日常茶飯事で、「あの人と、あそこへ行って、あれしたじゃない?」という「あれ」が頻発する会話も増えてきます。外出するときに鍵をどこに置いたか思い出せずに困ったり、お会計のときに鞄に財布が入っていなくて恥ずかしい思いをしたり。その程度のもの忘れ体験ならまだ笑い話で済むかもしれませんが、もの忘れの度合いが進行すると、電車やバスに乗っても、自分がどこへ行こうとしていたのか、降りる駅や停留所の名前も忘れてしまって延々と乗り続けるという怖い経験をすることにもなってしまいます。 もの忘れの段階を超え、認知症の疑いが見られるようになると、物事を忘れないための対策が必要になります。たとえば、薬の飲み忘れを防ぐためには、朝・昼・晩ごとに飲む薬を入れておくポケットがついた「カレンダー式の薬入れ」も販売されています。飲むべき時刻にアラームが鳴って知らせてくれるアラーム式のものもあり、薬を飲んだか飲んでいないかが一目でわかります。それでも、飲むのを忘れる方も多いようで、ホームヘルパーさんが訪問すると、長期間、薬を飲んでいなかったという話も耳にします。薬を飲まなければ命にかかわるような方にとっては深刻な問題です。あるいは逆に、薬を飲んだことを忘れて、何回も飲んでしまう方は副作用が心配です。大事な薬を飲むことを自分でコントロールできない場合は、家族やヘルパーさんのサポートが必要でしょう。 スーパーに買い物に出かけたとき、何を買いに来たのかを忘れてしまう方がおられます。あるいは、自分にとってはないと不安になるようなものをつい買ってしまうというケースもあります。マヨネーズが冷蔵庫に18個もあるという方もそう。一般的には認知症と言われるレベルですが、そんな場合に薦めるのは、「家にあるものリスト」をポケットか財布に入れて買い物に行くこと。普通は「買うものリスト」を書いて行くのですが、逆です。すでに家にあり、買う必要のないものを書いておくのです。そうすれば、マヨネーズを大量に買うこともなくなるはず。ただ、そのリストを持っていることすら忘れてしまうと意味はないのですが……。「またマヨネーズ。買っちゃダメって何度言ったらわかるの!」と家族はつい怒ってしまいがちですが、怒っても効果はありません。ある種の病気だというふうに理解し、穏やかに見守ってほしいものです。 高齢者 生活 シニア 生活 心配な方は「もの忘れ外来」へ。 回想法という思い出を語る治療法も。 もの忘れが頻繁になると、年輩の方々は「このまま認知症になったらどうしよう」と先のことを心配されます。そんな方々のために、最近、病院に設置されてきているのが「もの忘れ外来」です。もの忘れ外来の診療は、大きく分けて2つあります。脳の画像検査と神経心理学的な検査です。それらの検査で、もしも認知症の疑いやMCI(認知症の前段階)と診断された場合は、薬物治療、もしくは、回想法や脳トレーニングなどの非薬物治療を受けることを薦められ、本人が受けたいと思えばそうした治療に参加します。 MCIかどうかを判断する際に、記憶は重要な要素になりますので、少し記憶の機能について話します。頭の中に蓄えられている記憶を思い出す際には、2種類の思い出し方があります。たとえば、目の前にいる友人の名前を直接、思い出すことを「再生」と言います。「この方は誰ですか?」と聞けば、「鈴木さん」と答えます。これが再生です。他方、「この方は誰ですか?」と聞かれても思い出せないとき、こちらからヒントを出します。「鈴木さんか、佐藤さんか、田中さんです」。すると、「ああ、鈴木さんです」と思い出します。この思い出し方を「再認」と呼びます。私たちが高齢者や認知症の方に対して行っている回想法も、再認の方法を応用しながら関わっています。「どちらのお生まれですか?」と尋ね、相手が思い出すことができない場合は、「北の方でしたっけ?」「冬は寒くありませんでしたか?」「北海道とか、青森とか?」とヒントを出していきます。すると、「そう、北海道」と思い出すことができるのです。記憶は、認知症になっても頭の中に蓄えられています。もの忘れがひどい方の記憶の貯蔵庫にもちゃんと保管されています。ただ、それを取り出すことが困難になっているだけなのです。 ヒントを出すためには、その方の情報を得ている必要があります。あらかじめご家族にお話を伺うなど準備をしたうえで関わります。あるいは、回想法を続けるうちに徐々に本人の記憶がつながっていって、「そういえば」と思い出すことが重要な情報源になることもあります。建築を学ぶ大学院生が回想法で修士論文を書いたことがあり、そのとき、思い出の家を再現するという回想法を行いました。子どもの頃、新潟に住んでいて、家の近くに川が流れていて、と思い出しながらそれを絵に描いていきます。広い庭があって、奥に鳥居があってと話すと、画用紙で鳥居をつくり、目の前に立てます。その鳥居を見て、「そういえば」と、「塀の向こうの家には怖いおばあちゃんが住んでいて、庭に実った柿を『よこしなさい』と言われて怖かった」と、その方は思い出されました。鳥居という刺激が目の前に提示されることで、頭の中に眠っていた記憶が呼び覚まされたのです。そういう瞬間は感動的です。「怖かった」と心が動いたような記憶は、おそらく記憶の貯蔵庫の取り出しやすいところにあるのかもしれません。

高齢者 生活 シニア 生活

例えば、自分で紙に書き、置いておく。 記憶を取り出す力の低下を補う工夫を。 記憶を取り出す力の低下を感じてきたら、それを補う工夫を楽しみながら行うといいと思います。しばらく前、私の母が心筋梗塞で入院しました。救急車で運ばれ、ICUに入るほど危険な状態でした。入院中、母は何度も「ここはどこ?」「なんでここにいるの?」と繰り返しました。「突然倒れて救急車で運ばれ、入院しているのよ」と説明しても、翌日にはまた「なんでここにいるの?」と不満げな表情で聞いてくるのです。母のその状態に、妙案で対抗したのは6人いる孫の一人でした。ベッドのそばにあった折り紙に、「何月何日、焼鳥屋さんで倒れて、救急車で、○○病院に入院」と母(孫にとっては祖母)と一緒に思い出しながら、母の手で書いてもらったのです。「緊急手術、成功」と。「子どもたち(祖母にとっては孫)が、お医者さんに何回も、『手術、痛くしないで』と言ってくれた♡」。少し乱れた字でしたが、自筆で書いたものをベッドの台の上に置いておくと、自分の状況を理解するようになりました。これは、リアリティ・オリエンテーションという専門家が使う方法です。それを知ってか知らずか、孫が行ったのには感心しました。その後も孫たちは、途切れないようにシフトを組んで母を看病し、無事退院することができました。 自筆で書くと、自分の置かれた状況を否定できなくなるという効果もあります。これは販売業に携わっている方から聞いたことですが、確かに本人が注文しているのに、自宅にものが届くと「注文していない」とおっしゃる方がいると。お年寄りのお客さんに多いそうです。そこで、注文票の住所や名前を自分で書いてもらうようにしたと。すると、「私が書いたのか……」と理解して、苦情を取り下げるようになったそうです。そんなふうに、記憶の低下を補うための工夫はいろいあるはずです。そもそも、私たちは体験したことのほとんどは忘れて生活しているのですから、もの忘れや記憶の低下を悲観しないで、楽しく思い出せる方法を実践してみてはいかがでしょうか。

2017年1月


プロフィール高齢者 生活 シニア 生活

黒川由紀子 くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。

一時停滞したシニア攻略2017年以降再び動き出す

シニア市場に期待が高まった2014年~2015年はシニア向け商品開発が活発でした。 2016年には、主に若年層に向けた商品を販売するカルビーがシニア開拓プロジェクトを発足させ期待が寄せられましたが、その他企業の大きな動きはありませんでした。 2017年に入ると、シニアマーケット開発が再び動き始め、販促活動や新商品の発売が活発化しました。またシニア消費が「貯蓄・ちょっとリッチ」という時代に入ったことにより、シニアの生活満足度向上に向けた提案が企業から盛んに行われた時期でもあります。 2019年には団塊世代が70代に突入し、後続層もシニア組に入るなどシニア人口は確実に増加しています。この人口増加は年金市場など新たな市場を元気にさせ、「スマホ市場 狙うはシニア」というように普及率が上限にきた既存品活性化にむけシニアを狙う動きも活発になってきています。このようなことからシニア攻略は再び勢いづき始めているようです。 NA043

シニアの生活は「こうあって欲しい提案」から「生活に根ざした提案」に変化

時代の変化とともに企業のシニア攻略も変化せざるを得ないわけですが、2014年当初はシニア向け高級家電、シニア向け鉄道玩具、シニア向けこだわり菓子などといった “シニアはこうだろう“ といった視点からの企業(商品)提案が多かったのですが、2017年頃からは噛む力を鍛えるガムや骨を丈夫にする粉ミルク、今までなかったシニア向けファッション誌など、 ”シニアの実生活に根ざした提案“ が増加しています。このことからシニアの生活行動を改めて観察することがシニア攻略の基本作業といえそうです。 生活に根ざした提案で成功し、更に良い内容にするための調査や販促を怠らない企業の事例をご紹介します。 出版社の宝島社が、2017年に60代向けに出版書『素敵なあの人のおとな服』を発売しました。発売後3日で5万部を突破。その後不定期で4冊のシリーズ本を発売し好調だったことから月刊誌の創刊に至りました。2019年9月には『素敵なあの人』を発売。年齢を重ねてもお洒落を楽しみたい人に照準を合わせたファッション雑誌です。 この世代は定年を迎え、子育てを終える時期のため、”もう一度おしゃれを楽しもう”をテーマに、普段から気軽に楽しめるカジュアルファッションを中心に、リネン、ウール、カシミヤなど上質素材を使ったファッションアイテムが多数取り上げられました。創刊号では季節の変わり目コーディネート、痩せ見えの着こなし術を特集し、販売は好調のようです。 また、継続強化に向け、月1回のお茶会ヒヤリング調査で得た読者の声を記事に反映しており、新聞広告をはじめ表紙モデル結城アンナさんとのトークショーやヘアメイク実演などのイベントも実施しています。今後はスキンケアイベントなど年4回実施予定のようです。 ターゲットの日常ニーズを吸い上げたうえで商品(雑誌)を作り、更に商品力を向上させるために継続的なヒヤリングやイベントを展開しているという成功事例です。 NE003

企画のヒント

現在は生活に根ざした商品の提案がシニア攻略の主流になっています。そのため、シニアの生活感覚を知ることが重要です。具体的には…
  1. シニアといっても数知れないグループ(基本属性、富裕層、趣味層など)があります。 その中でどのようなターゲットを攻略するか?
  2. シニア攻略にあたって、シニアの生活に根ざした提案になっているか?
  3. シニアの生活感把握には、モニターづくりと時系列変化で見ることも大事

メーカーのシニア攻略トレンド

<2014年>

  • (商品)エスビー食品:シニア向け中華調味料を発売
  • (商品)パナソニック:扱いやすいシニア向け家電を開発
  • (商品)カゴメ:シニア向けに栄養価を高めたサラダ用のカット野菜を発売
  • (商品)永谷園:シニア向けフリーズドライ商品を発売
  • (商品)家電メーカー全般:サイズを小さく高機能化したシニア向け白物家電を発売
  • (販促)花王:60、70代女性向けに「娘がお薦め」販促キャンペーン実施
  • (販促)イトキン/ディノス:シニア向け衣料を充実

<2015年>

  • (商品)パナソニック:シニア向け高級家電を拡充
  • (商品)三菱電機:シニア向け家電のシリーズ化※
  • (商品)カワダ/タカラトミー:Nゲージ用ブロック玩具(カワダ)、リニアモーター車両(タカラトミー)で玩具マニアのシニア向けに発売
  • (商品)森永製菓:シニア向けこだわり菓子を発売
  • (商品)JTB/エイチ・アイ・エス:旅先、サービスこだわる海外旅行ツアーで富裕層シニア争奪戦
  • (商品・販促)化粧品メーカー全般:対象年齢を謳うと失敗するという常識を破り”50代向け化粧品”と、女心を乗せた商品で販促展開
※取材記事シニアマーケット最前線>企業から学ぶ>第23回 三菱電機株式会社(2017年2月取材)

<2016年>

  • (商品)ソニー:老人ホーム向けに眠りの質を高めるマットレスを発売
  • (商品)サンライズ:ガンダムを3世代向けアニメとして攻略
  • (商品)トリンプ:オシャレ嗜好の50代女性向け新ブランド『フロラーレ』を立ち上げ
  • (販促)カルビー:シニアマーケット開拓プロジェクトを発足

<2017年>

  • (商品)大幸薬品:高齢化に対応し51年ぶりに新薬を発売
  • (商品)カルビー:小分けのシリアル食品発売によりシニア層を獲得
  • (商品)ロッテ:歯につきにくいガム『記憶力を維持するタイプ>』文具売り場で新発売
  • (商品)アウトドアメーカー全般:シニア向け新商品の発売が活性化
  • (販促)味の素AGF:シニアマーケットに注力し、和菓子にあうコーヒーを展開
  • (販促)セガホールディングス:商品モニターとしてシニア世代を採用
  • (全般)資産は少ないが健康なシニア層がシニア人口の2割存在することから、価格(割引)攻略が効果的に

<2018年>

  • (商品)宝島社:60代女性向けファッション誌(不定期発行)が人気
  • (販促)バス・タクシー業界全般:シニア向け定額制の設定が増加
  • (販促)眼鏡販売店全般:シニア世代に手厚く店舗内で緑内障を調べるサービス展開
  • (販促)携帯電話販売業界全般:格安スマホでシニアマーケットの争奪戦
  • (販促)ネスレ日本:シニア販売員を採用したコーヒーマシンの販売

<2019年>

  • (商品)ロート製薬:女性シニア狙い粉ミルクを発売
  • (商品)ロッテ:ガムによる噛む力向上で健康を目指すシニア層の取り込みを強化
  • (商品)宝島社:60代女性向け月刊ファッション雑誌『素敵なあの人』を発売
  • (商品)森永乳業、雪印メグミルク:宅配乳飲料商品を強化。定期宅配で健康なシニア生活を提案
  • (販促)大塚食品:シニアの食生活改善を目指したレシピの試食提案型販売
  • (販促)NTTドコモ:ドコモショップのスマホ教室内でフリマアプリ「メルカリ」の使い方が学べる「メルカリ教室」を展開
  • 携帯電話販売業界全般:スマートフォンをシニアマーケットに拡充
  • 出版業界全般:シニア世代の子供向けに「親へのつくりおき」レシピ本の増加

2020年1月


プロフィール

mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

シニア層の注目ライフスタイルも毎年のように変化

シニア消費の軸が毎年のように変化していることは前に述べましたが、彼らの注目されるライフスタイルも毎年のように変化してきています。 具体的にはシニアのとんがり層(2014年)→華麗シニア層(2015年)→求める身近な遊び(2016年)→カッコいいシニア層(2017年)→特技発信シニアインフルエンサー(2018年)→後期高齢自覚層(2019年)と変化しています。彼らの一連の傾向をつなぎ合わせてみますと、彼らのコンセプトは「遊び大好きシニア層」といえそうです。 その背景には、団塊層が青春時代にバイブル書となった雑誌『an・an(マガジンハウス)』、『non-no(集英社)』、『POPEYE(マガジンハウス)』などの「遊び」の影響を受けたのがこの世代であり、時代のうねり(流行現象)を起こし消費をリードしてきた世代でもあります。 そして今や団塊層や後続シニアはスマホを使いこなし、自分の特技自慢を発信しはじめています。そしてその影響力は計り知れない力を持ち始めているようです。 しかし2019年に入るとシニア市場を引っ張ってきた団塊層も後期高齢(75才)が間近かになり、今やマスコミは終活へ視点が移ってしまったようです。 NC040

ライフスタイルの軸は「遊び」。ポスト団塊層によるインフルエンサー更に活発に?

シニアライフ総研のシニア6区分の中に「アラ70/アクティブ層」があります。この層は文字通りアクティブ層なのですが、今回筆者がまとめた「遊び大好きシニア層」は、この「アラ70/アクティブ層」の中の突出したトンガリ層のライフスタイルのような感じがします。彼らの遊びは毎年変化しそうですが、ファッションや趣味探しなどは積極的のようで消費は意欲的といえそうです。そしてスマホ利用も団塊一般層より高いと思われますのでインフルエンサーとしての活躍がますます高まりそうです。 ※60才以下の層は新人類層ともいわれ母娘友達、ネアカ志向(フォークよりロック)、アニメなどサブカルチャーの傾向があり、団塊層とは異なるライフスタイルのため切り口が変わりそうです。 NA048

戦略立案時の確認事項

上述のように、トンガリ層である「遊び大好きシニア層」のライフスタイルは年ごとに変化していますが、どの層も消費は意欲的のようです。 加えてスマホの普及に伴いスマホから自分の趣味などを発信し他人へ影響力を与えるインフルエンサーの登場は、企業にとっては自社商品の拡販、クチコミの広がりに期待が持てそうな層ともいえ、彼らの囲い込みは重要になってきています。従って自社のシニア囲い込みにインフルエンサー発掘は大事な販促要素になりそうです。 戦略立案に向けての確認事項は下記になりますが、この作業で新しいライフスタイル発見にはネットやマスコミなどの2次情報から収集し、インフルエンサー影響力は彼らへの調査となります。
  • シニア層の新「ライフスタイル(遊び・特技)」発見。特に自社商品と関連あるライフスタイル層を発見
  • 彼らのインフルエンサー度確認
  • 彼らの消費力、影響力確認
NC051

シニアの注目ライフスタイルトレンド

<2014年>シニアのとんがり層

当時の50~60代は時代のうねりを起こし消費をリードしてきた世代です。”流行っている”、”カッコいい”と聞くと手に入れたくなる波及型消費 (流行の先取り層・イノベーター層→先取り層のカッコいいところを見て追随する層・フォロワー層。この効果で商品が拡販されること) 世代ですが、子育てが終了し、定年を迎え、金銭的余裕もできたため、かつての消費スタイルが戻ってきました。 グルメ、ハイブリッド車、太陽光発電、旅行、美術館、ジーンズ復活、など新しい大人消費が始まりました。

<2015年>華麗シニア層

70代の女性こそが「女子力」消費と言えます。彼女たちの消費は高額消費が盛んであると前回コラムで述べました。彼女たちは働き盛りの50代前後の時バブルを体験し、お金の使い方熟知した人で、これまでの右にならえのファッションではなく、外食はフランス料理、家の食事も和食から洋食へと優雅に変化しています。 また50代の高額消費も増えました(楽天リサーチ調査2015.5)。趣味、ファッション、グルメ、美容、デジタル機器、旅行などに年間300万円以上費やす50代プレミアム層が存在。この層は消費に対して非常にアクティブな人たちです。

<2016年>求める身近な遊び

大幅に消費が削減され、節約を強いられる定年直後の層(65歳以下の世代)。「無理しない暮らし」や「自由な時間」を念頭に新しいライフスタイルを模索し始めます。一方で女性中心の趣味であるヨガ、バレー、フラダンスが男性中年のシニアにも流行し始め、いわゆる「乙女おじさん」が増加しました。

<2017年>カッコいいシニア層

2014年のシニアとんがり層が2017年も大いに存在感を高めています。倹約志向が多い70代や何かと経済が苦しい40代以下の層に比べ、50~60代は「贅沢を楽しむ」余裕と意欲がありました。 昔買いたくても買えなかったアメカジファッション、オーディオ機器、ギターなどを購入し趣味にする人が増えました。 更にはアウトドア派には腕時計、自転車、登山ツアーも人気でした。

<2018年>特技発信シニアインフルエンサー

シニアインフルエンサーが台頭し始めました。自分の趣味や特技をInstagram、YouTubeなどで発信する人が増加しました。ちなみに、Instagramを始めるシニアが増えており、企業とインフルエンサーをマッチングするリデル社の調査ではインスタ利用者のうち50~60代は約2割にもなっているとのことです(日経MJ新聞2018.9.7)。 また不定期発行から月刊誌に格上げされた60代女性ファッション誌『素敵なあの人(宝島社)』は2019年9月に発売され、シニアのカッコいい目線での情報発信が好評中との事です。

<2019年>後期高齢自覚層

70代は人生楽しくをモットーにしつつも早めの終活に関心を持つ傾向にあります。それに伴い、財産管理などの金融機関の販促が動きました。また、度重なる高齢者の自動車事故の報道により9、運転免許返納に戸惑いながらも返納者が増加しました。更に、高齢者の一人暮らしや孤独解消にため、交流の場を作るなど、自身で自覚する人が増えました。

2019年8月


プロフィール

mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

この5年間のシニアの消費は… 良かったり悪かったりと変化!! 消費力ある層は?

過去5年間のシニア層の傾向を見てみますと、消費力高く企業にとって期待層(2014年)→高額品販売堅調(2015年)→マイナス金利下・消費抑える(2016年)→貯蓄・ちょっとリッチ共存(2017年)→地味とリッチ共存続く(2018年)→まだまだ仕事・終活も(2019年)といったように毎年のように変化しています。 そこには経済変化などに左右された消費者像がみえますが、一方では消費元気層(リッチ層や単身層、ファッション志向層など)の存在が消費に活力を与えた様子もみえてきています。 NA022

消費力旺盛なシニア層探し

2019年10月の消費税導入はシニア層も当然影響を受けるため節約傾向が高まるといえます。 一方では上記のように節約志向はさほどなく消費に期待がもてそうな層の存在も考えられます。期待もてそうな層として、シニアライフ総研が提唱する「現役層」や「アラ70/アクティブ層」が挙げられますし、他にもリッチ層、カッコいい大人やファッション志向層、要介護のいらない単身者、現役で頑張りたいシニア就業希望者、趣味や行動に活発な人などなど、企業にとって攻略したくなる節約だけにとらわれない消費力旺盛なグループを見つけることができます。 更には、団塊層の後続シニア層も趣味、おしゃれ、友人との付き合いなど消費力旺盛が期待されています。 このように、企業にとって攻略しやすいシニアのグループは幾通りもあるわけで、第1回のコラムでコメントしました基本属性把握だけでなく時代にあった期待層できるシニアグループの抽出と選択が戦略立案の要になるわけです。 つまり、選択したシニアグループの消費力が大きければ企業にとって販促効率が良くなるわけですからぜひ進めておきたい確認作業になります。 NA038

戦略立案時の確認事項

上記のようにリッチ層やファッション志向層など「市場をけん引しそうな話題のシニアグループ」が次々と出現してきています。 第1回のコラムでは基本属性観点から有望シニア層を把握することを書きましたが、こちらはより細かく「市場をけん引しそうな話題のシニアグループ」を発見します。その結果はより明確な有望シニア攻略の目安が立てやすくなります。 確認事項は下記になりますが、シニアグループは社内情報やネット、マスコミなど2次資料から抽出していきます。他は第1回のコラムに書きました消費者調査に加えます。
  • シニア層の中でも消費額が多い人や趣味・遊び、友人との付き合い、口コミ力の強い人など 市場けん引しそうなシニアグループ層を仮説抽出(2次情報)
  • 第1回のコラムで説明した「消費者調査」に組み込み、 該当ターゲットグループの消費力を確認
  • 併せて当該商品の評価及びニーズ把握(商品開発、販促での可能性検討)も。
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シニア市場のトレンド

<2014年>消費力高く、シニアは企業にとって拡販期待層

若者・ファミリー消費から団塊層へ、市場の重心が動きました。特に団塊層は2人に1人が働く世代でそれなりの所得もあるため、仕事帰りに買い物(リアルの店舗やネット通販)やレジャー(居酒屋、カラオケ、ゲームセンター等)を楽しむ人が増加し、特に60代の消費が活発になりました。そのため、付加価値を付けた高額品やサービスが一気に増えました。 しかし一方では格安品も登場し、二極化が目立ちました。

<2015年>高額商品販売堅調

70代は世代間で一番高いマグロや牛肉を購入しているというデータが顕著な例で、食費に関しての消費力が高い傾向にありました。 グルメだけでなく、いくつになっても輝いていたいと思う人が多く、70代女性が購入するスカートは1枚約7千円と平均より5割高であり、これこそが「女子力」消費と言えます。 また、個人金融資産1700兆円の6割を60歳以上のシニアが占めていることから、レストランやファッション企業がこぞって購入促進を進め、高級ブランド品は強気の値上げも実施しました。 更に、セミシニアと言える50代の高額消費が増え、国内景気好転の中、50代の一部層で趣味、ファッション、グルメ、美容、デジタル機器、旅行などに費やす「消費プレミアム層」が現れました。

<2016年>マイナス金利下。消費抑える

マイナス金利で『金』の購入が相次ぎ、資産を守るため預金を引き出し金に換えたり、子や孫名義での金積立が増加しました。 また、経済的が余裕なくなった、計画準備が面倒、一緒に行く人いない等の理由で、70代前後の旅行需要が減少しました。 このように、消費停滞する中で偶数月の15日は消費向上する年金商戦が活発化し、各社様々な商品やサービスを展開しました。

<2017年>貯蓄・ちょっとリッチ共存(消費の軸が変化)

60代後半層の生活支出は多少増えたものの、消費より貯蓄の方が目立ち、娯楽費(旅行)が減少しました。この背景には退職金の減少や資産保有額の減少や、生活不安から老後の生活資金として貯蓄に回す人が多くなったことが挙げられます。 その反面、カッコいいに貪欲な50~60代の富裕層は、ラグジュアリーなファッションを求める傾向にあり、その象徴として伊勢丹新宿本店メンズ館の顧客の3割が50~60代男性だったそうです。 70代の消費力にも期待が高まり、手間のかからない惣菜などの高単価商品や生鮮類の支出が増えました。また、自宅を改築しバリアフリーで快適化を図り、家事サービス代行を利用する人が増加傾向にありました。更に、孫への支出は厭わないという特徴があります。

<2018年>地味とリッチ共存続く

節約志向は相変わらず続きました。そんな中、シニア層の平均的な”へそくり”は436万円でした。 60才はシニアとは呼ばないという調査結果にも象徴されますが、60歳を超えても働く人が増えました。更には60代女性向けのファッション誌の売れ行きも良かったようで、若年層に埋もれていた60代のファッション市場が活発化しました。 その他、富裕層は10年で4割増(野村総研)となり、海外ブランド店が日本に回帰したのが特徴的です。介護を必要としない単身者の娯楽費が多く、趣味や娯楽への消費は1年で0.8兆増え、7兆円を押上げました。

<2019年>まだまだ仕事は「人手不足」一方で終活目線も

企業の人材不足や、再雇用等の施策が功を奏し、シニア層の就業が活発化しました。その結果、生きがいが生まれ、人生楽しく過ごそうと、新たな消費が生まれました。 しかしその反面、定年退職後に趣味を持たず孤独になる人が多いため、居酒屋やスポーツ等、民間施設や公共施設を活用し、仲間を作るための交流を深める傾向にあり、その結果介護を必要としない単身者の娯楽費増加につながりました。 また、社会との繋がりが弱まったことに伴い、年賀状を辞退するシニアも増えているそうです。

2019年8月


プロフィール

mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

2006年 シニア市場ブーム その後、経済変動などで企業のシニア攻略が変化

2006年のシニア市場ブームから早13年。その間に経済変動や団塊層の高齢化もあり企業の攻略は大げさに言えば毎年のように変化してきています。 5年前からのシニア攻略の変化を見てみますと シニアブームで多くの企業が参入→リーマンショックで攻略鎮静→シニア市場復活→攻略本格化→後期高齢直前の拡販といった具合です。 NC037

団塊層 まもなく後期高齢層へ 次のビジネススタート

2006年~7年頃、あれだけ騒がれ期待市場として企業に元気を与えた団塊層も今では後期高齢入り間近かになりました。 卑近な例で恐縮なのですが、筆者の周りの友人である団塊層に話聞くと、年金(厚生、企業)はそこそこの受給額で、子供は独立し彼らへの支援の必要もないなど経済的には安定しているようです。 しかし彼らの日常生活の行動半径(友人との付き合い、趣味・遊び、関心領域など)は数年前に比べ狭まっているようで、消費支出も以前ほどではないようです(一部の方からは買うものがないとの声も)。やはり後期高齢近くなると消費の仕方も大きく変化し始めているようです。 一方、団塊層に続く後続シニア層の消費元気度もマスコミに登場しています。このように、時の経過とともに団塊層と後続シニア層とでは消費力にギャップが出てきていそうです。 NA036

戦略立案時の確認事項

上記のように、時代とともに団塊層から後続シニア層へと消費力が変化しているようです。従ってこれからの消費力のあるシニア層(基本属性)を確認し、今後どのようなシニア層を攻略したらよいか見極め時にきたようでもあります。 確認事項は下記になりますが、この作業は消費者調査での確認が必要になります。
  • 団塊層に次ぐ新たな消費力ある層(基本属性)の確認。 つまりこれから狙うべき有望シニア層の見極め。
  • 自社商品購入層の属性を確認し、 消費力ある有望シニアと合致しているかの確認。
  • 有望シニア層と現購入層、それぞれの当該商品の評価及びニーズ把握。 (商品開発、販促での可能性検討)
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シニア市場のトレンド

<2006年>シニア市場ブーム。期待市場として多くの企業が参入

2007年は団塊世代(昭和22年~24年生。現69才~72才)が60才を迎える節目の年。仕事から自由への切り替え時でもあり、一気に消費力が高まるとして注目株になりました。企業は拡販に力を入れ、マスコミがそれを書立て益々期待市場になりました。

<2008年後半>リーマンショックで企業は一時攻略鎮静

リーマンショックは日本経済全体を停滞させ、期待されながらもシニア攻略は地味になり、販促も減少傾向にありました。

<2012年~>シニア市場復活の兆し

2012年には団塊世代65才で定年が本格化し、シニア市場100兆円の呼び声とともに各社開拓が本格化しました。

<2014年>企業のシニア攻略本格化

シニア向け商品開発目立ち、既存商品をシニア向けに衣替えし拡販させ、基本属性からライフスタイルアプローチが本格化し、孫市場が促進しました。

<2019年>後期高齢直前の拡販

昭和22年生まれの団塊層は2023年に後期高齢になり、2025年には団塊層全員が該当します。すでに終活ビジネスが活発化しており、高齢に伴う生活のしくみがそろそろ変わり始める時です。

2019年8月


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前回までは「企業のシニア市場掘起し」を2回に分けて取り上げました。今号からは「シニアの体力低下に伴う生活便利提案」を2回に分けてとりあげます。今回の視点は「シニアの体力低下支援はヒットの芽」です。

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体力低下支援でヒットした商品の成功要因とは?

最近、シニアのニーズを掘り起こして話題・ヒットした商品を多々見受けることができます。加齢とともに体力が低下し生活の中で不便さが出てきており、それを支援する商品がヒット商品になってきています。団塊世代も70歳を超え体力低下傾向にあるため体力支援商品は今後も期待できる市場といえそうです。 企業が攻略する方向性を3つご紹介します。

①【新付加価値】体力低下を補助するもの

自動ブレーキ付自動車

高齢者運転による自動車事故多発ニュースが増え今や社会問題になっていますが、自動ブレーキ付自動車は富士重工から初めて発売され、その後各社からの発売が続きました。社会問題に加え各社から続々発売という話題性、そしてシニア自身だけでなくその子供たちの後押しもあり “買わなければ” という状況になったことがヒットのポイントになったことが挙げられます。

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ボイスレコーダー

ボイスレコーダーそのものは昔から存在していましたが、今までは記録を残す程度の使われ方だったため、小型で経済的価格な商品カテゴリにもかかわらず販売が伸びていませんでした。そこにジャパネットたかだがシニア層のモノ忘れが多くなり、老眼でメモをとることが難しくなった点に着目し、声を録音してメモ代わりにする使用方法を伝え大ヒットになりました。

②【代替】シニアの不満を解消し快適化するもの

軽い掃除機

従来からある掃除機は重たい上に部屋ごとに掃除機を移動させコンセントを差し替えるといった面倒くささがありました。そこにダイソンが小型でハンディタイプ(コードレス)の掃除機を発売。高齢者でも手軽に掃除ができ、掃除作業の軽減化につながることもあり人気商品に。更に家電メーカー各社からも同様商品の販売が相次ぎ、シニアだけでなくミセスへと広い層に広がり始め、今や掃除機の主軸商品になる勢いを見せています。

ハズキルーペ

この商品はルーペ(拡大鏡)という名の通りモノを拡大するだけの商品であり、老眼鏡(目の調整機能を補助し、見たい距離で手元のピントを合わせる)とは異なります。 手軽、おしゃれ、便利なこともありシニアの男女の潜在需要を掘り起こし、累計500万本超を販売したそうです。 そして商品力に加え販売ルートも眼鏡店だけに限らず家電量販店、ホームセンターなどにも広げシニア層への接触チャンスを広げました。加えてTVCMの話題づくりも功を奏し、相乗効果が拡販を増幅させました。

炊飯器とIH調理器のセット商品

この商品はアイリスオーヤマが開発したもので、炊飯器を上段にIH調理器を下段に置いたセット商品。スペースは炊飯器サイズに収まり、味噌汁やお鍋、鉄板焼きをするときはIH調理器を切り離して使うという便利商品。炊飯は毎日使う必需品、IH調理器はその都度利用する品ですが、それぞれ別に購入した場合と比べて経済的であり、置くスペースも半減します。シニア夫婦や独居者にとって使い勝手が良いことから販売を伸ばしました。

③【新発見】極地的なシニア需要高にも関わらず見過ごしていた市場

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足つり改善薬

小林製薬は足つり改善薬の地域別売上傾向を調べたところ、長野県の果樹園で働く高齢者に売れていることが判りました。その理由を高齢者から聞くと果樹園は機械化が進んでおらず人手作業のため高齢者が足をつることが多いことが判りました。そこで同社は長野県で販促活動を開始。特に足のつる機会が増えがちな夏前からTVCMや店頭販促を展開した結果、販売が好調になったとの事。 その後東北6県に販促活動を広げ、その結果は全売上が23%増に(2018年)。つまり長野や東北6県の伸長率が売上貢献をしたことを物語っています。 地域傾向を把握するとヒット商品の芽はありそうです。

企画のヒント

シニアの体力低下に伴う生活便利ニーズ品は団塊層がその入口に入ったばかりといえそうで、まだまだ市場開拓の余地は十分ありそうです。従ってシニア層の『不便』を早く発見し、商品開発や新しい使い方を提案することでシニアから喜ばれる商品になり、同時に新しい領域の市場を創出することができそうです。
  • シニアが望む付加価値商品創造や既存品に代わる便利代替品を作るためにも、シニアニーズを早く察知するしくみを組織として設けたい
  • 自社内でも気づかなかったシニアに売れている商品があるかもしれません。早めのチェックと対策を
  • シニアにとってますます便利になる買物支援。その一角にシニアのネット通販利用が高まっています。リアル店とネット通販のそれぞれの購入商品確認と対策を

 

2020年8月


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mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

シニア市場掘起しについて、前回は「既存商品でシニア市場活性化」についてご紹介しましたが、今回は「若者向け商品がシニア市場狙う」についてご紹介します。

若者商品の市場成熟でシニア市場開拓好機

今までシニアとは関係の薄かった若者商品が、市場成熟化に伴い更なる拡大に向けシニア市場を開拓。またシニアの体力変化を好機と捉えシニア市場を狙い始めた事例です。 スマートフォン、フリマアプリ「メルカリ」、電動アシスト自転車 の3つの若者商品事例から企業のシニアアプローチを探りました。

事例①スマートフォン

スマートフォン 日本にiPhoneが登場したのは2008年7月。その後急速に普及率が上昇したことは「第7回 消費元気なシニアの攻略 シニアのネット消費急伸」で触れました。 一方、そのスマートフォンの生産台数は約3,000万台(2018年)で2017年より200万台減になりました。更に2019年には300万台減が見込まれ、スマートフォンの高普及率ゆえに生産レベルでは停滞市場になりつつあります。 そこで2018年頃から各社から「シニア用スマートフォン」が登場し低普及率のシニアに対して拡販開始されました。加えてシニアが多く所有するガラケー層へのスマートフォン代替攻略も強化されました。未だスマートフォンを所有していないシニアの中には孫と写真を撮ったり、SNSを使ったりなどスマートフォンを使ってみたいと思う方も多いと思われますが、一方では高価格であることや操作の難しさ、あるいはパソコン代用で済むなど、乗り換えがネックになっている面もありそうです。 いずれにせよスマートフォン販売各社はシニアを照準に割引プラン導入、サポート体制強化(無料スマホ教室、購入後のお店・電話・メールでの相談、サポートアプリ用意)など販促活動が活発になっています。その結果、2019年1月現在の調査(NTTドコモ、関東圏)によると、70代のスマートフォンの所有率は4割強と高まり、ガラケーの所有率を逆転しました。 スマホ保有率 更に、最近のコロナ禍でスマートフォンの所有だけでなく使い方が多方面に広がっており、益々シニアのスマートフォン所有は高まりそうです。 シニアライフ総研が行った「コロナ渦シニアの行動変化調査(全国の男女55~87才666名/2020年5月下旬調査)」によると、コロナ禍により時間が増えたコトとして、「PCによるインターネットの利用」(40%強)や「スマホなどのモバイル端末によるインターネットの利用」(約20%)が突出して高くなっています。また新たに生活に取り入れたこととして、「スマートフォンでの新たなアプリ利用」(10%弱)、「積極的な情報収集」(約10%)、「PCやスマートフォン、タブレットなどでのゲーム」(約5%)、更には買物では通販利用増(10%強)などを挙げています。 このようにスマートフォンの便利さはコロナ禍で一気に拡大したわけで、便利なことは間違いなく習慣化されますので、シニアにおけるスマホの利用はさらに高まりそうです。

>>>コロナ渦シニアの行動変化調査

企画のヒント

ここ数年、各社のシニアアプローチはかなり積極的で60、70代のスマートフォンの普及率は急激に高まっています。コロナ禍を考えると更に高まる可能性も考えられます。しかし一方では現状で満足しているシニアが多いのも事実です。 そのため、シニアに浸透しつつあるスマホのこれからの新規開拓の可能性を探る必要があります。現在大手3社や低料金販売会社の販促は活発ですが、ガラケーからスマートフォンに換えるだけの魅力が彼らに伝わっていないのかもしれません。スマートフォンを所有するためのソフト(シニアにとって楽しく使うには?)、ハード(使い方)、料金のシンプルな説明を改めて推進することが大事かもしれません。それが理解できた時点での伸びしろはどのくらいあるかを探ることも必要だと言えそうです。 また、コロナ禍でシニアが新たに利用し始めたスマートフォンの魅力(情報収集、アプリの魅力、ゲーム、ネット通販など)をスマートフォン未所有層に対していかに上手に伝えるか、カギになりそうです。 もう一つ、3G系のガラケーの終了予告が発表されています。その代替をいかに促進させるかにありますが、その時の代替可能率の把握も必要になります。※au「CDMA  1XWIN」は2020年3月末終了。ドコモ「FOMA」2026年3月末終了。ソフトバンクは検討中。

事例②フリマアプリ 「メルカリ」

フリマアプリ「メルカリ」 ここ数年で急成長し、2018年は一大ブームにまで盛り上がった中古品売買仲介のメルカリ。この急成長の原動力となったのが20~30代の女性を中心とした利用層でした。競合の動きも活発で、ヤフオクは買取手数料無料(2017年11月)で対抗し、楽天は傘下の2つのフリマアプリ事業を統合してラクマ設立(2018.2月)で対抗を強化しました。 しかし、メルカリ内にも課題があり、アプリダウンロード数は9000万に近いと言われていますが、月間利用者数は2018年4月で1667万人、2019年4月で2216万人と大幅増を果たしているものの、ダウンロード数に対する割合は2割強と低く、競合に流れている数も多いのかもしれません。 そのようなこともあり、メルカリは2018年2月にオンラインでリーチ(到達)できない層(主に40代以上)へアプローチするため、北海道と愛知で新聞折込チラシを開始。その内容はメルカリを知ってはいるが取扱いが分からない人への告知で、「冬本番!アウター大特集」や「徒歩0分。スマホの中でオープン」とスーパーのようなチラシデザインにし、裏面には「メルカリ出品マニュアル」として売るためのポイントから発送に至るまでの流れを説明。このチラシは、メルカリのことを分かっているようで分からないことが意外と多いという前提で作られたようです。 このチラシ効果はあったようで、2019年には関東圏を含む10エリアに拡大して展開しています。また使い方教育を自社単独や他社と組んで展開していますが、2019年10月にはシニア攻略を進めるドコモと提携し60~70代を対象としたスマホ講座でメルカリの使い方を100店舗で展開しました。最近では60代以上の利用者が急増しているとの事です。 彼らのメルカリ利用の目的は「生前整理」や「終活」のキーワードで出品されている商品が1年間で2.5倍(2018/2017)になったと言われています。時代の傾向がシニア対策をバックアップしたとも言えます。 また同社の60代層への調査によると、フリマアプリを利用している人はチャレンジしたい層が多く、特にスポーツ、社会貢献に意欲的で、いわゆるアーリーアダプター層(初期購入層)ともいえ、うまくいくとフォロワー(追随層)にもフリマアプリが広がる可能性が見えてきたようです。

企画のヒント

若者を中心に急成長した市場ですが、競合の動向やこれからの市場性を考え、メルカリは先手を打ってシニア市場を攻略したといえます。好都合にシニア層の利用が急増し、その人たちはアーリーアダプター(初期購入層)層が多いとの事。しかもシニアのメルカリ利用の目的は「終活」という社会的テーマでもあります。今後はアーリーアダプターからフォロワーへの移行期ともいえるため、フォロワーに向けてどのような販促を展開すればよいかの検討時期といえます。 上述のスマホの販促でメルカリはドコモと提携して使い方講習会を各地で展開して効化を挙げています。これからも若者商品のシニア攻略は功を奏しているようですので、そのような企業とのタイアップ販促は効果が見込めそうです。

事例③電動アシスト自転車

電動アシスト自転車 電動アシスト自転車はパナソニックをはじめ各社から販売されており、現在の主購入層は30~40代女性、子供を乗せるママチャリ、あるいは坂道のある地区でのニーズが高くなっているようです。 しかし近年、高齢者の自動車事故がマスコミで報道され、社会問題になっています。それに呼応するようにシニアの運転免許返納者が増加傾向(2019年60万件)にあります。そこで自転車販売チェーン店「あさひ」は自動車免許返納者に対して電動アシスト自転車の値引き販売(10万円以上商品から5000円引き)を開始しました。 同社は既にシニア対策として豊富なシニア自転車の店内展示、自転車選びや試乗に専門スタッフがサポート、購入後のサービス、無料点検、修理、保険、出張修理など実施していますが、更にシニア販売を強化したものといえます。 一方でシニアが購入するには難点もありそうです。免許返納後の自転車はシニアの脚として強い味方になりますが、「あさひ」をはじめホームセンターなどの販売店が意外と自宅近くになく、ネットでの購入では相談しにくい面があり、試乗や商品選択、購入、そしてサービスに不安が残りそうです。 またシニアの脚といえども10万円は少々高額で買いにくく、更には二輪車、三輪車と種類はあるものの、万が一の転倒、怪我の心配、交通事故の心配などマイナス点が想像できます。 免許返納という新たな市場創出機会だけに、できればメーカーと一体となって拡販規模を拡大し、社会的認知向上を図ることがシニアという大きな市場掘起しに繋がりそうです。

運転免許返納者への他社販促

  • 廃車買取サイト「廃車買取おもいでガレージ」はシニアの運転免許自主返納者に買取プラス金額で対応。普通自動車にはプラス5,000円、軽自動車にはプラス3,000円で買取を行っています。
  • イオンは高齢者顧客が多いこともあり、免許返納者増に伴うシニア集客対策として最寄駅からのシャトルバスを用意しはじめています。

企画のヒント

電動アシスト自転車の主購入層は30~40代女性、子供を乗せるママチャリ、あるいは坂道のある地区でのニーズが高いということですが、シニアの運転免許返納者増加は自転車業界にとっては大きなチャンスともいえます。社会現象をうまく捉えることはビジネスチャンスといえますが、大型チェーン店の「あさひ」が展開しても、その認知の広がりには限度がありそうです。 そのため、小売業とメーカーのコラボレーションによる販促がビッグビジネスの入り口になりそうです。また、シニア商品販売店での異業種提携販促も効果がありそうです

 

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mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

前回までは「消費元気なシニアの攻略」を捉えてみました。今号からは「企業のシニア市場掘起し」を2回に分けて取り上げます。ここでいう掘起しとは既に発売されている商品(シニア向けであれ、若者向けであれ)をシニア向けに掘り起こし販売拡大や商品の長寿化を目指すものです。今回の視点は「既存品でシニア市場活性」です。

シニア市場掘起し4

メーカーは既存品の若返り化と 若者向け商品でシニア開拓狙う

●既存品の若返り化で新シニア開拓

自社の売れ筋商品は経年とともに購入顧客は固定化しターゲットの高齢化が進む傾向にあります。そこで企業は購買層の若返り化(新シニア層)を図り、ブランド力を強化する戦略は毎年のように多数登場してきています。 その一つが「長寿商品」の若返り化。これは数十年という長寿商品の若返り化で、シニアの世代交代を目指した展開。大塚食品のボンカレーや大塚製薬のオロナイン軟膏などは周年企画をにらんで商品改良や異業種タイアップキャンペーンを展開しています。また100年以上の歴史がある大幸薬品の正露丸は意外にも30代女性が家庭常備薬と利用されていることが判り、シニアの理解を深めるために昭和レトロのあるパッケージを開発しました。 もう一つが「女性向け商品5年で若返り化」。これはシニア向けに発売した商品が5年もたたずに新シニア層再開拓に迫られる事例です。資生堂の女性50代以上向け商品「プリオール」は2015年に発売され、現在5年目で女性50代から“自分たちの商品ではない”と対象外商品になってしまいました。そのため新たに女性50代獲得に向け同世代女優を広告で起用しパッケージも変更しています。 このようにシニアでも5年間でギャップが出ることが判りました。シニア商品といえども短期的な視点で見直していかなければ埋没する可能性があることを示唆しています。シニアは実際の年齢より14才若く捉える傾向にあるといわれることもあるため、大事な戦略視点といえそうです。

若者向け商品のシニア開拓

市場が成熟すると更なる拡大に向けて新たなターゲットに売り込まなければなりません。その一環として、若者向け商品が新需要層開拓に向け、シニア層を狙う戦略が毎年のように登場しています。 その事例として新製品発売ではロッテの記憶力ガム、噛む力、高年女性の骨を強くする粉ミルク、健康志向のチョコ、小分け食品、シニア対象の下着ブランド、高級カレー等々が挙げられます。一方、販促で拡販を狙うものとしてスマホやメルカリのシニア販促が挙げられます。 このように既存品によるシニア開拓が進んでおり、この方法はいろいろな業種で展開できるため、まだまだ大きく伸びる期待市場といえます。詳細については次号でスマホ、メルカリ、電動アシスト自転車の展開で説明いたします。 いずれにしてもこの戦略は新商品開発にかかる費用に比べ、効率よく拡販することができる手堅い策に特徴があります。従ってメーカーや小売業からの商品提案はまだまだこれからが本番のようにも見えてきます。

小売業はサービス強化でシニア狙う

小売業独自でPB商品を開発しシニア開拓を展開する企業もありますが、基本はシニア向けサービスの充実で集客拡販を展開する傾向にあります。 その展開をみると、5年ほど前は店内にくつろげるスペースを提供するお店が多かったのですが、その次はシニア接客技術開発(笑顔で接客できる専門員養成、シニア用営業手法開発)、シニア商品充実、シニア店舗新設、囲い込み(割引、カード会員化など購買特典を用意など)等、集客に向けての手堅い策が次々出てきました。そして今や運転免許返納数増で駅からの無料巡回バスを強化する企業もあります。 このように来店促進→サービス向上→商品充実→囲い込み促進→シニアの足となる巡回バスとステップアップしていますが、どこでも同様の展開をしているため小売業の個性化はあまり見えていません。 シニア市場掘起し3

企画のヒント

消費額、人口数からいってシニア市場は有望市場と言えるわけで、企業が展開するのは当然のことといえます。長寿商品の再開発、シニア商品の短期間での見直し、あるいは若者向け商品のシニアへの拡販など、未開拓のシニアに掘り起こすことは企業の手堅い策といえます。大いにシニア掘起しを展開して欲しいものです。そのために・・・
  • 既存品を再活性させるためには、まずは自社商品のライフサイクル上の位置を確認し、早めの対策づくりが大事
  • その確認は長寿商品だけでなく、発売5年でターゲットから対象外商品とみられることもあるのでシニア商品といえども頻繁なライフサイクル位置の確認作業が大事
  • 長寿商品の後続新シニア獲得に向けては、団塊世代の特性と特徴が異なることが考えられるため新シニア層の特性を研究することは大事
  • 長寿商品の周年拡販企画にあたっては異業種企業とのタイアップ販促が多くみられるが、少ない予算で最大効果をあげるための大きな武器
  • 小売業におけるシニア掘起しとして商品充実、サービス開発、購入促進など積極的に展開しています。これから大切にしたいことは“シニアが楽しく買物できる提案”が大事 それが競合との差別化につながるため、シニアの”楽しさ”の開発が大事
  • シニア市場は魅力ある市場です。掘起しをする企業は益々増えるといえそうです。進出企業はターゲットニーズを把握すると同時に競合チェックとそれへの優位化は絶えず必要に
シニアアプローチはいくつもの策があるかもしれません。一つでダメと思わずいろいろな策の展開を考えるのも大事といえそうです。  シニア市場掘起し2

ロングセラー商品の攻略トレンド

<2014年>

  • (シニア層攻略策)永谷園:フリーズドライ商品をシニアに拡販

<2015年>

  • (ロングセラー攻略策)「明治おいしい牛乳」拡販のため”牛乳を使う料理”を銀座で展開
  • (ロングセラー攻略策)江崎グリコ:「ポッキー」発売50年で17年ぶりに大幅刷新
  • (シニア層攻略策)森永製菓:「DARS」を女性ターゲットからシニアへ拡大

<2016年>

  • (ロングセラー攻略策)カンロ:60年長寿商品飴の販促を強化
  • (ロングセラー攻略策)キングジム:「テプラ」を法人から家庭へシフト
  • (シニア層攻略策)トリンプ:新需要狙い50代向け新ブランド立ち上げ
  • (シニア層攻略策)日本サンライズ:「ガンダム」の年代別対応による3世代攻略戦略
  • (シニア層攻略策)ソフトバンク:携帯ショップ全店を改装しシニアや地方を開拓

<2017年>

  • (ロングセラー攻略策)アース製薬:長寿商品「モンダミン」の新製品を次々発売し売上記録を伸ばす
  • (ロングセラー攻略策)大塚製薬:長寿商品「オロナインH軟膏」ラミネートチューブが大ヒット
  • (ロングセラー攻略策)大塚食品:「ボンカレー」50周年商品として“おふくろの味”を洗練
  • (ロングセラー攻略策)30年商品の秘策は”対話力”消費者の声を製品に 例:アサヒビール「アサヒスーパードライ」、花王「アタック」・「サクセス」、小林製薬「糸ようじ」、ロート製薬「ロートZ!」、アース製薬「モンダミン」、湖池屋「スコーン」、日本ハム「チキチキボーン」
  • (ロングセラー攻略策)50年のロングセラー。”あったらいい”時代の価値投入
  • (シニア層攻略策)大幸薬品:「正露丸」を高齢化に対応させ51年ぶり新薬発売
  • (シニア層攻略策)ハウス食品:50、60代向け高級カレーを販売
  • (シニア層攻略策)味の素AGF:シニアに注力し和菓子に合うコーヒーを展開
  • (シニア層攻略策)NTTドコモ:シニア向け割引を拡充

<2018年>

  • (ロングセラー攻略策)大塚食品:「ボンカレー」50周年で異業種コラボを続出
  • (シニア層攻略策)携帯電話販売業界全般:格安スマホでシニア争奪戦

<2019年>

  • (ロングセラー攻略策)カルビー:自治体と連携しご当地ポテト発売し、長寿商品を強化
  • (ロングセラー攻略策)消費者声生かす。スマホやゲームやりながら手汚さずにポテチ 例:湖池屋「スコーン」専用の指サックプレゼント、カルビーポテトチップ専用のトングをローソン店頭で配布
  • (ロングセラー攻略策)シャトレーゼ:「チョコバッキー」に商品を改名しSNS活用で売上倍増
  • (シニア層攻略策)セイバン:ブランド「天使の羽」で親心をつかむ
  • (シニア層攻略策)ロッテ:噛む力でガムをシニア向けにアピール
  • (シニア層攻略策)大幸薬品:レトロな「正露丸」パッケージ復活
  • (シニア層攻略策)東洋水産:「赤いきつね」と「緑のたぬき」の合体版「赤いたぬき天うどん」により中高年層の休眠層を掘起す
  • (シニア層攻略策)ロート製薬:高年層女性を狙い子供品を改良し骨を強くする粉ミルクを発売
  • (シニア層攻略策)携帯電話販売業界全般:シニアのガラケーからの乗り換えを期待しスマホを積極販売
  • (シニア層攻略策)NTTドコモ:シニア取込みを狙い、店内で「メルカリ教室」

2020年6月


プロフィール

mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

消費元気なシニアの存在については、第2回「シニアの消費。この時代だからこそ消費力あるシニア層を探す」でもご紹介しましたが、消費に力がある層を狙うのは企業にとって当然です。ここではどのようなシニア層を狙って企業は攻略しているのか4つの視点から探ってみます。 前回のコラムでは、1つめの視点「消費元気なシニアの攻略 消費力が枯れることのない孫市場」についてご紹介しましたが、今回は2つめの視点「シニアのネット消費急伸でシニア=リアル店購入概念崩れる」 についてご紹介します。 NA039

シニアのスマホ保有、利用率向上中

日本にスマホが登場して10年。総務省 平成30年「通信利用動向調査」によると、現在のスマホ保有率は20~40代の平均で約9割、50代72.7%、60代44.6%、70代18.8%と、若者中心に誰もが持つ必需品になっています。 60代や70代の普及率はまだ低いのですが2018年頃から低普及率のシニアに対して各社からシニア向けスマホが登場しシニア層の普及率も向上しているようです。

年代別スマートフォンの個人保有率の推移

スマートフォンの個人保有率の推移

総務省 平成30年版「情報通信白書」を加工して作成

また、総務省統計局「家計調査年報」中の『移動電話通信料』をみますと、2018年は働き盛りの40,50代が年額18万円前後と高く、次いで30代16万円、20代14万円台、60代11万円台、70代6万円弱。これを前年度(2017年)と比較しますと20代は減少、30~50代はほぼ横ばいの支出傾向に対し、60、70代は8%前後の増加を示しています。つまりシニアのスマホ保有増による通信料増になっているといえます。更に最近発表された2019年版をみても60代の支出は4.8%(前年比)、70代18.5%(同)と増加しシニア層の勢いが感じられます。

世帯主の年齢階級別1世帯当たりの「移動電話通信料」支出金額推移(二人以上の世帯)

年代別移動電話通信料支出金額推移

総務省統計局「家計調査」を加工して作成

シニアの予想以上のネット利用

  • フリマアプリのメルカリが発表したシニアのメルカリ利用状況は2018年で50代以上の利用者が前年比60%増と高い伸びを示したそうです。
  • 日本経済新聞(2019年9月21日)の記事より、JTB総合研究所の調査によるとシニア(60~79才)の旅行の相談から申し込みまで全てネットを利用した方が48.2%と高く、18~27才の39.8%よりも上回っていました。 この現象をJTB総研では「シニアのほうが旅慣れているので自分でネットを検索すれば済む。若者は情報があっても経験がない。だから店頭で背中を押してもらいたいのではないか」と分析。 因みに筆者の経験談ですが、最近の海外団体旅行での飛行機座席予約は自分でネット予約しなければならない場合が多いのですが、シニア(男女とも)はスマホを活用し外国の地から帰りの座席予約をする方が大勢(約8割)いる光景を目にしました。
  • シニア女性誌のハルメルクが調査したシニア(55~79才)のスマホ決済をみますと、利用経験者は22.6%(2019年3月)→32.7%(2019年9月)と約10%増加しており、PayPayなどのQRコード決済経験者は8.3%(2019年3月)→31.9%(2019年9月)と約20%も増えています。
NA011

シニアの関心領域はネットで違和感ない買物 シニア=リアル店の概念崩れる

60代以上のシニアはWiondows95が発売された1995年当時は30代半ばであり、パソコンからスマホまでの変遷をたどってきた世代でもあります。IT機器が身近という親近感もありシニアのスマホ利用が増えてきているのは納得できます。その結果上記のJTBの旅行のようにネットを利用するシニアが増えており、「シニア=リアル店購入」の概念が崩れてきているようです。 アプリ分析ツールをもつフラー社の調査によると、シニアのスマホ搭載アプリの利用傾向は、通信、ニュース、ショッピングに加え、旅行なども情報チェックしているそうでスマホの利用も多様化しているようです。因みに筆者も自分の趣味旅行や弓道の動画、弓道中古品チェックなどいそしんでいます。 このようにシニアは手軽に情報が入るスマホで違和感なく買物しているようで、シニアのスマホユーザーが増えるほどネット消費は拡大していきそうです。

企画のヒント

誰でも自分が関心をもつ領域の情報は積極的に収集すると思います。スマホはそのような情報収集にはうってつけの媒体といえます。その関心度合の高い人ほどスマホの使い方をすぐマスターするはずです。一方では電話、メール、ニュースなどに留まってしまう人も多いのも事実で、このような人はネット上での消費に時間がかかるかもしれません。 いずれにしてもネット消費の取っ掛かりとして、シニアの興味関心領域(旅行などの趣味)や生活用品(持ち運びが大変な水など)にはネット消費の関心が起きそうです。いずれネット消費に疎いシニアもネット消費経験豊富な友人が背中を押してくれるかもしれません。口コミ化の検討です。 またメルカリがドコモと提携してドコモ店内でメルカリの使い方講習会を行っていますが、対面促進の方がシニアにとって判り易く大事な販促になっているそうです。

2020年4月


プロフィール

mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

過去のコラム

どのようなシニア層を狙って企業は攻略しているのか、消費力のある元気なシニア層の攻略についての視点について、第6回と第7回のコラムでご紹介しました。 今回は3つめの視点「元気な年金消費」と、4つ目の視点「定年直後のコミュニケーション消費」についてご紹介します。 NC008

1.年金支給戦争。 今や割引以外の優位化策をつくる時

シニアのエンゲル係数は3割弱と高い。スーパーにとっては大切なお客様

家庭内総支出額に占める食費の割合を示す指数としてエンゲル係数があります。2018年の平均値は25.7%(家計調査)。年齢別に見ると40代以下の世帯では24%台にありますが、50代は23%台になるものの、60代は26%、70代は29%と数値が高くなっています。このシニア世代、年金生活故に総支出額は若年層より少ないですが食費は40、50代に迫る支出額になっています。つまりシニア層は夫婦2人暮らしの小家族ながら食費にお金を使う”グルメ層”なのかもしれません。食品を購入するスーパーなどのお店にとって、消費力の高いシニアは喜ばれるお客様といえそうです。

年齢階級別食料支出とエンゲル係数

出典:統計局『2018年 家計調査年報 世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出』を加工して作成

出典:統計局『2018年 家計調査年報』世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出を加工して作成

スーパーでの年金支給日の売上・集客数は給料日を超える

古い話で恐縮ですが、2016年に「年金商戦、給料日超えの売上も。加熱する小売業」というテーマで筆者がまとめたことがあります。その内容は年金支給日(偶数月15日)に多くの小売業が販促活動を展開し成果を上げ、中には25日の給料日の売上を超える小売店も出現。とシニアの消費額に注目したものでした。 あれから約3年経ち多くのお店で「年金支給日の消費」が「給料日消費」より全国的に盛り上がっている」ことが日本経済新聞(2019.10.20)で分かりました。 その数値は給料日である25日から3日間の来店客数を100とした場合、年金支給日の15日から3日間は101.7%となっており、販売金額では104.1%と客数・売上金額とも年金支給日の方が高くなっていました。この傾向は全国各地の小売店でも見ることができ、年金支給日商戦が活発になっていることが分かります。 2018年時点で、年金支給人口は4482万人、年金支給額は約49兆円と膨大ですが、今後年金支給者はますます増加し、2040年には73.2兆円と推計されており、消費元気なシニアに期待は増してきています。 年金

企画のヒント

この有望市場に対して小売業はシニア層の集客・購入促進策として割引、ポイントサービス、シルバーデイサービスなど次々展開してきています。この策がシニアをより惹きつけている点でもあります。しかし、年金支給日は2か月に1回、しかも競合店と似たような販促策が多い中で、競合店とどのように優位化させるか、また年金支給日以外の日の来店促進はどうするか? 単なる割引やポイント制以外に何ができるかがこれからの課題といえそうです。 年金支給日は比較的鮮魚が売れる傾向にある、と紹介する記事もありましたので、健康意識が高いシニアに向けた魚を使ったレシピの提案など考えられます。 また、孫へのプレゼントのため、年金支給日前にお店を下見して、当日は孫と一緒に来店することもあるそうです。 これらのことから、店内でのシニアの様子を観察することで「シニアが喜ぶ提案」ができそうです。そこにお店のオリジナリティが発揮され、他店との優位化ができそうです。

2.定年後間もないシニアの消費元気。 新たな消費機会に育つか!

定年後の男性シニアの市場は?

「第2回 シニアの消費。この時代だからこそ消費力あるシニア層を探す」のコラムでは、消費元気なシニア層について、シニアライフ総研のシニア6区分の中の「現役層」「アラ70/アクティブ層」、さらにはリッチ層、カッコいい大人層、女性ファッション志向層、介護のいらない単身層、現役で頑張りたい就業層、趣味に活発な層など、消費に活発なシニア層を抽出しました。ここでは、消費力として目立っていなかった定年後の男性シニア層の消費について見ていきたいと思います。

東京駅・八重洲地下街の居酒屋街。シニアで昼間から大繁盛

スポーツジム、趣味教室、図書館などで、定年後数年という感じの男性シニアをよく見かける場所がありますが、筆者の昔の勤務地であった銀座の一角にあるサッポロビアホールでも昼間から昔の会社仲間風グループがビールを飲みながら語らっているのを見かけました。また同じような光景を東京駅地下街に昼間から開店している「飲み屋街」でも見かけました。店内を覗くと、良くもま~これだけのシニアが昼間からお酒を飲み、語らい、笑っているのか!です。 要するに、昼の居酒屋は昔の仲間の集合、談話の場所になっているのです。これだけ居酒屋街が繁盛するのは、東京駅という皆が集合しやすい場所であることに加え、居酒屋が数軒あることがシニアには便利だったからといえます。 乾杯

仲間と集う。おしゃれ、趣味などの広がり提案へ

男性シニアの青春時代は『平凡パンチ』、『ポパイ』、『メンズクラブ』などで育った世代であり、遊びには前向きだった人が多いと言えます。しかしその彼らが定年退職すると同世代の女性に比べ、楽しみ方が見えにくくなっており、楽しみ消費が少ないようです。勿論、文化講座やスポーツなどの趣味を持つ人は多いのですが、攻略したい企業から見て期待される市場はあるのか?と疑問視する声もあります。 三越伊勢丹新宿本店は好感度シニア向けPB商品販売で現在健闘しているようですが、他社の目立った動きはあまり見えてきていません。その要因の一つとして定年後の男性は行動・交際範囲が狭くなってしまうからかもしれません。また行動・交際範囲を広げたいが出来ないのかもしれません。 そのような中、昼間から飲める居酒屋が増えることはシニアにとってありがたい存在になってきそうです。このような付き合いの範囲の広がりはコミュニケーション機会が増え、元気を貰え、結果彼らの服装にもおしゃれ感が増える機会なのかもしれませんので、企業として新たな提案ができそうです。

企画のヒント

昼間の居酒屋談義が増えることで、彼らは元気を貰え、友人が増え、行動範囲が広がり、服装への気遣い、趣味の広がり、お金の使い方などなど変わってくるかもしれません。そこで企業として彼らのライフスタイルを調べることで新たなライフスタイルを提案できそうです。その調べ方も単なる定量調査ではなく写真分析、最近自分は何か変化(生活、行動、友人など)してきているな!などの感想から彼らのトレンドを見つけてみたいものです。 国道16号線(都心から30㎞環状線)は団塊シニアのかたまり地区として有名で、沿線にある地方都市(例えば柏、町田など)の居酒屋がお昼定食で開店し、定食と一緒にお酒を飲ませるお店が増えています。そのようのことから居酒屋ウオッチ、服飾ウオッチ、仲間ウオッチなどのライフスタイルを把握することも新たな提案素材が出てきそうです。

2020年5月


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mr.kaneko3 金子良男(かねこ よしお) 1945年生まれ。団塊世代より2歳年上。のんびり、せっかちの性格。 法政大学経営学部卒業。広告会社企画調査局入局(現マーケティング局)。当初は消費者調査・分析で鍛えられ、その後プランニング部へ。クリエイティブやセールスプロモーション、媒体などとの擦り合わせの中で企画作業を推進。担当業種は自動車(10数年、国内、東南アジア各国)、食品、飲料、ラーメン、男性化粧品、競馬など多数の企画を立案。 最後に担当したのが広告会社としての開発部門の責任者。狙いは営業支援、情報発信による新規クライアント獲得及び自社PR。業務は今を捉える消費者研究・開発、商品の流出・流入まで捉えるブランド管理、広告効果予測システム、今を勝つための企業の戦術事例づくりなどなど。 現在退職したものの、”昔の仕事気分を楽しもう”とブログ「「市場攻略のスゴ技発見」を発信し、今なお世の中の動き、企業の動きを分析しています。 WEBサイト:市場攻略のスゴ技発見

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