第3回 これからの医療のために取り組んでいる2つのこと
腸内細菌や免疫に関する専門知識をより深めるべく研究を行っています。また、病院経営学の学習を通じて将来の医療のあり方や地域医療の課題について考察、高齢化社会における医療サービスのデリバリー化やICTの活用についても検討しています。
免疫力アップにつながる腸内細菌
現在、私は免疫について学んでいるところで、なかでも腸内細菌のことを重点的に勉強しています。もともと留学先の師匠が、体の中で一番大きな免疫機能である小腸のアミノ酸の代謝を専門にされている先生だったので、腸内細菌や腸管免疫に関するトレーニングは3年間みっちりしごかれたという経験もあります。腸管の免疫を上げるためには腸管の細菌叢をよくしなければいけないので、いかによくするかという新たな知識を得るべく研究を重ねています。
腸管は全身の免疫細胞の約7割が集まる、体内で最大の免疫器官です。お腹の中にいる胎児の腸内細菌は0で、まったくありません。栄養は臍の緒を通してお母さんからもらいますから消化管を使わないため、腸内細菌がいらないのです。それが産道を通るときに羊水や分泌液などいろいろなものを飲み込み、初めて腸内細菌が生えはじめます。そしてお母さんからおっぱいをもらうことでビフィズス菌や乳酸菌といった腸管に良い善玉菌が一気に増えていき、腸内細菌の数はおおよそ3歳までに人生のピークを迎えます。
そこから70歳ぐらいまでは平行線のままですが、70歳以降は次第に善玉菌が減少する一方で、ウェルシュ菌などの悪玉菌が増えてきてしまいます。それによって腸管免疫が落ちるので、病気になったり病気の治りが悪くなったりします。そこで、いかに高齢者が若い頃と同じような腸内細菌叢を保てるかを栄養素や食事の観点から考えようと、さまざまな専門の先生方と研究を進めているところです。
免疫力を上げる栄養素としてよく知られているのは、ヨーグルトやチーズなどの発酵食品でしょう。食物繊維も免疫力を上げる栄養素です。発酵食品や食満繊維は腸内細菌叢を改善し、免疫力を高めてくれます。
ほか、とある免疫賦活栄養素にも注目しており、臨床治験を行っているところです。ある老人ホームで2部屋の入所者の方だけにその栄養素を取ってもらったところ、ホームでコロナのクラスターが発生してしまった際、その2部屋の方だけ罹患しませんでした。インフルエンザも、その栄養素を取っている方は未だ感染者0です。これは本物ではないかということで研究を進めています。
ちなみに免疫力を上げる栄養素として「発酵食品」「食物繊維」と記しましたが、現在はこのようなグループでの扱いではなくより細かく、一つひとつの成分で見るようになってきています。この先さらに研究が進むと、食品メーカーは「この食品に食物繊維を加えましょう」ではなく、「この成分を入れましょう」という形で商品開発をすることになっていくでしょう。
管理栄養士が病院経営を学ぶ必要性
もうひとつ取り組んでいること、それは病院経営学を学ぶことです。MBA取得を目指しビジネススクールにも通っています。「管理栄養士がMBA?」と意外に思われるかもしれませんが、これからの時代、栄養の視点から見た病院経営は非常に重要になると思っています。
少子高齢化社会が進むと患者の数は確実に増えます。患者は増えても、少子化によりそれを見るメディカルスタッフの数は減ります。高齢者が今と変わらず安心・安全な医療を受けられる状態がこの先20年、30年続くかというと、残念ながら現実的には厳しくなるでしょう。しかも高齢者が増えるということは、納税者が減るということです。患者が増えて医療費は高騰するのに納税額は減る、これでは医療費がパンクしてしまいます。
医療費がパンクする未来では、薬だけに頼る医療ではなくなっていくことが予想されます。ではどうするかといえば、病気にならないような食生活に重点を置き、病気になったとしても栄養で治していくという時代になっていくでしょう。
さらにここ数年で食材費が高騰し、ご家庭でも病院でも大きな負担を強いられています。経営学的な視点で営業部門を運営することにより、患者さんにこの先も安心で安全な医療が提供できる健全な病院運営ができるのではと考え、勉強するに至った次第です。2024年8月から東京医科大に新設される「医療経営学」という講座を担当することになりました。
人口減の社会で必須となるデリバリー医療
今後は病院が患者さんの来訪を待つだけの医療ではなく、デリバリーもできる医療というのがかならず必要になってきます。
厚労省の試算によると、2045年ぐらいになると高齢者数も減り、さらには日本全体の人口も減少します。そうすると今度はクリニックの数が減ってくるわけです。患者さんの自宅に近いクリニックがなくなると、患者さんが医療機関にアクセスできなくなるという問題が生じます。さらに山間部の方では独居老人が今以上に増えていくので、仮に近くに基幹病院があったとしても、そこに出向く足がないという問題が生じます。
ですから、いずれはおそらく地域の基幹病院が医療をデリバリーする時代になっていくでしょう。大学病院が直接デリバリーまで手を伸ばすのは現実的に難しいですが、連携を取っている地域の基幹病院がデリバリーするというシステムを作っていかないとこの先、とりわけ地方都市での高齢者医療は完結できないのではと思います。
そこで重要になるのが、基幹病院と患者さんと繋ぐIoT、ICTです。外来の栄養指導も、診療報酬でタブレットを使用した遠隔での食事指導もOKと法律で決まりました。私の勤める東京医科大学病院は西新宿の交通の便利なところにありますが、それでも患者さんによっては足や目が不自由でアクセスが難しい方もいらっしゃいます。そういう患者さんにとって、自宅にいながらタブレットで食事指導してもらえれば負担も軽減されると思うのですが、ここで患者さんがタブレットを扱えないという問題が出てきます。そこで患者さんの自宅に医療従事者が来訪して指導するなり、もし専門外の人だったらタブレットの操作だけでもサポートするといったことは必要になってくるでしょう。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。