第5回 管理栄養士が求めるサプリメントとは
傷病者や健康維持のために漢方薬やサプリメントを取り入れることのメリットとは。また、臨床の場で患者さんにサプリメントを使うために、商品開発を手がける食品メーカーに望むことは。管理栄養士の立場から、食とサプリメントの理想的な関係を考えます。
漢方薬とサプリメント
実は私、10年ぐらい前までは漢方薬を完全否定していました。「草の根っこで病気が治るわけないだろう」と思っていたのです。それが人は変わるもので、漢方薬に興味を持ってからはその奥深さにすっかり惹かれ、今では風邪を引いたときも漢方薬しか飲まないほどです。先人の知恵というのは偉大です。正しく使えばとてもいいものだとわかったので、集中治療室の患者さんにも処方してもらっています。
西洋薬は効果がある、しかも速く効くという強みがありますが、漢方薬には西洋薬よりはるかに長い数千年の歴史があり脈々と続いてきています。効果がないものは歴史のどこかで途絶えるはずなのに21世紀の現代にも続いているということは、なんらかの絶対的な効果があるのだと思い至りました。加えて漢方薬は、薬とはいえ原料は食品です。
しかも調べてわかったのですが、漢方薬は中国で生まれたものの、発展させたのは日本なのです。今の中国の医療でも漢方薬はさほど使われていないことも、勉強して知りました。
薬と食事の関係も重要です。
栄養でカバーできない病気では薬が主役になります。ただ今の時代は薬に匹敵するような栄養素もわかってきているので、わざわざ薬を使わなくてもいいという疾患もあります。そのため、私たち管理栄養士が医師や薬剤師さんのところに行って「ここは栄養でカバーしておきます」という連携は日常的にあります。まさにNSTです。
サプリメントについても、管理栄養士の立場からお話します。
実はサプリメントの是非は管理栄養士の中でも意見が分かれるところなのですが、私個人は歓迎しています。なぜならコラム第4回でもお伝えした通り、バランスのとれた食事は理想的ですが現実にはそれを毎日実践するのは相当困難なことですし、ライフスタイルによっても不足する栄養素はどうにも出てきてしまいます。そこを補ってくれるのがサプリメントだからです。手軽かつ手早く不足分の栄養素を摂取できてコスパも追及できる、そういうサプリを作る技術が日本にはありますから、利用しない手はありません。
サプリメントを取り入れることでバランスの良い食生活ができ健康が維持できるなら大いに活用するべきだと思いますし、高齢者の買い物難民、調理困難者だという時代にサプリメントを否定するのはどうだろうと感じます。管理栄養士の立場からすると、これもコラム第4回でお話したように、1週間単位で考えたときに不足している栄養素を補うためのものがサプリメントであることが今の段階では理想的です。その場合は、いつも同じサプリメントをとるのではなく、翌週は翌週の食生活に合わせたサプリメントの摂取が必要になるでしょう。
サプリメント1粒につき栄養素は1種類のみ
サプリメントを作るメーカーさんにはリクエストがあります。それは1製品で完結させないで欲しいということです。メーカーとしてはコストの制約もあるでしょうし、消費者からの受けを考えるとついひとつの製品の中にいろいろな要素を入れようとしてしまいがちです。しかしそれでは「これを食べれば1日の栄養素がすべて取れます」とうたっている商品と同じになってしまいます。ひとつの栄養素に特化し、それに対してしっかり効果が見込めるサプリメントを提供いただきたいと強く思います。例えばビタミンならビタミンだけ、ほかの要素は入れないということです。
ところがビタミンは本来とても苦みがあるので、ビタミンがたくさん入っているサプリメントほど飲んだときに苦みを感じ「飲みたくない」と摂取をやめてしまう人が出てしまったら本末転倒です。ですからメーカーさんには栄養素別でターゲットを絞り、そこに特化した商品をいくつかのラインナップで区切って考えていただければと考えます。
また、サプリメントの濃度は高いほうがいいのはもちろんですが、濃度が高くなるということは錠剤やカプセルのサイズが大きくなり飲みにくさにもつながるので、そこは消費者の方にモニタリングをして、無理なく飲み込める濃度を考えてもらいたいです。3錠飲むより1錠で済ませられるようにしたいという企業努力はよくわかりますが、そのせいでサプリメント1粒が大きくなり飲み込めないというのは残念な話ですから、そこはくれぐれもしっかりモニタリングしていただきたいと思います。
あとは国も推奨している医療DX、いわゆるデジタルトランスフォーマーでICTをどう使っていくかです。例えば働き世代の方々の生活習慣病予防などでは、食べた食事をスマホで撮影すると1週間分の累積の栄養素を計算してくれ、「今週はこのビタミンが足りませんでしたね」と提示してくれるようなアプリがあると便利でしょう。それを見て「今週はちょっとビタミンAが足りていないから今日は意識して取っておこうかな」となれば理想的だと思います。すでにそのようなアプリは出ていると思いますが、さらに高い精度や専門性を追求したアプリが開発されれば、管理栄養士の立場からも推奨できると思います。
また、咀嚼や嚥下が困難な方には管理栄養士が管理しながら食事を与えていますが、どうしても多少の栄養バランスの悪さが出てきてしまいますので、そちらの領域でのサプリメントがあってもいいのではとも思います。今後のマーケットで広がるジャンルではないでしょうか。というよりも、これから広がらなくてはいけないジャンルだと思っていますし、メーカーさんにとって大きな市場になると予想されます。
管理栄養士の悩み
われわれ管理栄養士の最大の悩みは、病室のベッドサイドまで行っている管理栄養士が圧倒的に少ないということです。患者さんと対面で話したり、様子を直接確認したりすることができない施設が非常に多く、私が管理栄養士になった駆け出しの30年前となにも変わっていません。そういう施設では、管理栄養士と調理師とやっていることの差がないも同然です。また、事務作業に終始してしまう管理栄養士もいます。
なぜこのような状態が改善されないのか。それはコラム第2回で紹介した通り、医療法の縛りで未だ医師の権限が管理栄養士に譲渡できていないというところに原因があるでしょう。働き方改革で医師の権限をどんどん譲渡してタスクシフトしましょうと言っていながら、現場では30年前と同じ光景が繰り広げられているのが現実です。
また、コラム第3回で病院経営について触れましたが、管理栄養士は医療経済的な部分を苦手とする人が多いと感じます。それが弊害になる例として、患者さんが入院すると、入院時食事療養費と呼ばれる入院中の食事代が保険から1日につき1920円下ります。するとその枠で食事代を収めるということだけに終始してしまい、高い既製品は買えないということが出てきます。その患者さんにはこの製品が絶対ベストマッチしているので、提供することによって患者さんが早く退院できて病気も克服できるとわかっているのに、単価が高いから買えませんと。結局この患者さんは、それが提供されないがために栄養状態が悪くなって免疫力が落ち、医療費がかさんでしまうという、まさに本末転倒の話です。グローバルコストで見られる管理栄養士が本当に少ないことは深刻な問題です。
そこで食品メーカーさんにお願いです。メーカーさんも低価格のものばかりを提供するわけにはいかないでしょうから全部とは言いませんが、もう少し私たちにも手が届く範囲での販売価格を追求していただきたいのです。繰り返しになりますが、サプリメントにあれもこれもと栄養素を詰め込むマルチファンクションで価格を高くするより、シンプルな栄養素でいいから価格を落としてもらうほうが現場はありがたいです。それなら私たちは、ひとつの製品に入っている1粒あたりの含有量が少ないものであっても、組み合わせることはできますから。
入院時食事療養費が1日1920円と上限が定められている中で患者さんにとってベストな医療を管理栄養士の視点から考えたとき、その上限に収められる価格のサプリメントがあればどれほどありがたいことか。ぜひ食品メーカーさんには真剣に検討していただきたいと切に願います。
薬で考えるとわかりやすいと思いますが、すべての病気に効く薬はありません。血圧の薬は血圧に効く、止血剤は血を止める。血圧を下げて止血もできる薬などないわけです。栄養素も同じと思います。これ1本、これ1粒で全部完結するものはないし、われわれもそういうものは期待していません。ちょっととんがった商品でもいいのでその分だけ価格を抑えていただくほうが、市場としてあるのではと思います。
もちろん私たち管理栄養士がグローバルファーストで医療経営、医療経済を見ていくという努力をしていくのは当然のことです。その上で、メーカーさんにも検討していただければと思います。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。
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バランスの取れた食事は免疫力を高め、腸内環境も整えます。高齢者の場合、嚥下や咀嚼に配慮した安全で栄養豊富な食事であることはもちろん、見た目も大事な要素です。食品メーカーにはそれらを踏まえた商品開発に患者目線で取り組んでいただくことを望みます。
私が考える健康的な食事
好き嫌いせずに3食きちんと食べること、そして腹八分目。シンプルですがこれがとても重要だと思っています。和食の「一汁三菜」はとても理にかなっていて、生活習慣病の患者さんには一汁三菜を例にお話をすることが多々あります。またシニアの場合、バランスよく食べることを意識するだけでなく免疫力を上げるような栄養素を含んだ食材を日々の食生活に取り入れることも重要なので、私もライフワークとして取り組んでいます。
バランスよく食べることを心がけていても、日によっては偏った食事になってしまうこともあるでしょう。今日はしょっぱいものが食べたい、甘いものが食べたいという日もあるはずです。われわれの職域団体である日本栄養士会などでは「野菜は1日350g取りましょう」とか「1日30品目の食品を取りましょう」と言っていて、確かにそれができれば栄養学的には理想ですが、経済面が考慮されていません。実践したら月の食費が一体いくらになることでしょう。免疫力アップに影響のある腸内細菌は毎日大きく変動するわけではありませんから毎食ごとに神経質になる必要はなく、1週間単位で考えてトータルでバランスがとれていれば大丈夫です。
海外のデータになりますが、同じ食物繊維を2週間取り続けると、便の中の乳酸菌やビフィズス菌の数が減少します。そこで2週間経ったらほかの食物繊維に切り替えると、乳酸菌やビフィズス菌の数は一定になります。つまり、同じ食材を食べ続けても、腸内細菌にいい影響を与えてくれるのは2週間がタイムリミットというわけです。そのため、人それぞれの食べ物の好みや食事の楽しみといったことも考慮すると、私たちは2週間の半分、つまり1週間単位で判断したほうがいいというのがセオリーになっています。
しかし、問題になのは「食べること」以前のことです。
商店が撤退してしまい買い物ができない「買い物難民」の高齢者については、社会問題としてニュースでも取り上げられていますが、今は「高齢の独居男性の調理困難者」も深刻な問題となっています。
現在80代、90代の男性はまさに「男子厨房に入るべからず」の時代を生きてきた方なので、料理は配偶者に任せきりだった方が少なくありません。そういう方の奥様が不幸にも先立たれた場合、ガスコンロの使い方がわからずお湯も沸かせないという状況が、大げさな話ではなく現実としてあります。スマホで手軽に注文してデリバリーしてもらえる時代ではありますが、ガスコンロも炊飯器も電子レンジも使えない、ましてや自炊など未知の領域すぎる方の食生活は、かなりの制約・制限に見舞われることでしょう。かといって料理ができる方も、それはそれで火を使うことのリスクが生じ、やけどや火事などのアクシデントが心配されます。
そうなると、これからは今以上に高齢者でもおいしく安全に、温かいものは温かい状態で食べられるパッケージの商品などが求められることが想定されます。食品メーカーさんがこれからシニア向けの商品開発をされる際には、安全・安心な加温システムのパッケージを望みます。また、現在はアプリから注文するデリバリーも、この先は受話器を取ったらデリバリーの会社にダイレクトにつながるような、そういうシステムがあってもいいのではと思います。
今、「これを食べるだけで1日に必要なすべての栄養素が取れますよ」とうたった商品がドラッグストアでも手軽に買えますが、管理栄養士の立場からすれば、あのような商品には正直なところ困っています。栄養学的な観点から、そんな食品は存在しません。よくテレビの情報番組で「●●が体にいい」と特集されると、その商品が飛ぶように売れる現象がありますが、それと同じようなことです。極端なことを言うほど世間は注目するので、「これだけで」という声は拾われがちです。
しかし現実には、偏った食生活ほど健康へのリスクはむしろ高まってしまいます。やはり好き嫌いなく、バランスよくいろいろ食べるというのがいちばん大切だと思います。なぜ人間は草食動物でも肉食動物でもなく雑食性なのか。これは太古の歴史へ遡り、いろいろなものを食べて今の人類に繋がってきているということだと思っています。ですから100年先にはそういった完璧な食品が世に出ているかもしれませんが、今の段階では皆無です。
商品開発をする食品会社に間違って欲しくないこと
食品会社にさらにリクエストを加えるなら、当然免疫力を上げるような食材を取り入れてほしいですし、さらに高齢者は噛む力が弱まっているので嚥下に対応できるような商品開発に力を入れていただきたいです。
私が東京医科大で働き始めた当時、脳卒中の後遺症などで飲み込むことがうまくできない嚥下障害の患者さんたちには嚥下障害食を出していました。これはミキサー食といい、普通の食事をミキサーにかけてドロドロの状態にし、少しとろみをつけたものです。今でもそういう食事を提供する施設は多いですが、患者さん目線からすれば「このドロドロのもの、一体なに?」となるでしょう。
そこで現職に着任して私が最初にしたことは、スタッフたち全員に目を閉じた状態で嚥下障害食を食べさせることでした。口の中になにが入っているかわからないというのは、人にとって大変な恐怖であることを体感してもらったのです。みんなつい作業効率を優先してしまい、患者さんの恐怖や違和感にまで気持ちが行き渡らない。しかし管理栄養士こそ、ここを理解していなければいけません。
短時間で効率よく必要な栄養素を取ってほしいからと、ミキサーでいっしょくたにしてしまう。そしてその食事を提供する看護師さんは、患者さんに向かって「今日のご飯はなんだろうね?」と言う。原型をとどめていないわけのわからない流動食には、メニュー名もつけようがありません。これは本当にやってはいけないことだと思います。
ですから食品メーカーさんに強くお願いしたいのでは、患者さん目線で、なにが原状だったのかわかるような商品開発をしてほしいということです。例えば現在の東京医科大では、魚をミンチにしてお出しするときは魚の形に再形成しています。トマトだったらトマトらしい円形にするなど、なにが材料になっているのかがわかるようなビジュアルにして患者さんのところへお届けしています。機能はもちろん追求していただきたいですが、日本の食文化を享受して育ったわれわれには「見た目」もきわめて重要なので、そこも踏まえた商品開発をぜひお願いしたいと思います。
咀嚼、嚥下困難にならないための食事
嚥下障害予防になる食事もあります。例えばスルメイカ。簡単に噛み切れないので何度も咀嚼することで、咀嚼筋という噛む力を司っている筋肉、さらにその筋肉を動かしている約30ある神経をトレーニングしていることになります。ほか、うるめいわしやししゃもなど、先人たちがよく食べていたものは、実は知らず知らずのうちに噛む力や飲み込む力の衰えを遅らしていたということが最近わかってきました。
高齢者の方には生活習慣病の予防にもなるし咀嚼嚥下の予防にもなる食事ということで、「昭和30年代の日本の食卓に並んだ食事が実はいちばん長寿で、病気にならない食生活なんですよ」と話しています。そうすると「ああ、あの頃の食事か」とイメージしやすいようです。
今後、食品メーカーさんなどが咀嚼、嚥下のトレーニングという視点で市場に参入するのは、管理栄養士としては大歓迎です。ずっと咀嚼していると唾液の分泌も促進されます。唾液には抗菌作用があるので自然と口腔ケアもでき、誤嚥性肺炎の予防になるなど、プラスアルファの効果も期待できます。ですから、そのような商品開発は高齢者にとってもわれわれにとってもありがたいものになると思います。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。
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腸内細菌や免疫に関する専門知識をより深めるべく研究を行っています。また、病院経営学の学習を通じて将来の医療のあり方や地域医療の課題について考察、高齢化社会における医療サービスのデリバリー化やICTの活用についても検討しています。
免疫力アップにつながる腸内細菌
現在、私は免疫について学んでいるところで、なかでも腸内細菌のことを重点的に勉強しています。もともと留学先の師匠が、体の中で一番大きな免疫機能である小腸のアミノ酸の代謝を専門にされている先生だったので、腸内細菌や腸管免疫に関するトレーニングは3年間みっちりしごかれたという経験もあります。腸管の免疫を上げるためには腸管の細菌叢をよくしなければいけないので、いかによくするかという新たな知識を得るべく研究を重ねています。
腸管は全身の免疫細胞の約7割が集まる、体内で最大の免疫器官です。お腹の中にいる胎児の腸内細菌は0で、まったくありません。栄養は臍の緒を通してお母さんからもらいますから消化管を使わないため、腸内細菌がいらないのです。それが産道を通るときに羊水や分泌液などいろいろなものを飲み込み、初めて腸内細菌が生えはじめます。そしてお母さんからおっぱいをもらうことでビフィズス菌や乳酸菌といった腸管に良い善玉菌が一気に増えていき、腸内細菌の数はおおよそ3歳までに人生のピークを迎えます。
そこから70歳ぐらいまでは平行線のままですが、70歳以降は次第に善玉菌が減少する一方で、ウェルシュ菌などの悪玉菌が増えてきてしまいます。それによって腸管免疫が落ちるので、病気になったり病気の治りが悪くなったりします。そこで、いかに高齢者が若い頃と同じような腸内細菌叢を保てるかを栄養素や食事の観点から考えようと、さまざまな専門の先生方と研究を進めているところです。
免疫力を上げる栄養素としてよく知られているのは、ヨーグルトやチーズなどの発酵食品でしょう。食物繊維も免疫力を上げる栄養素です。発酵食品や食満繊維は腸内細菌叢を改善し、免疫力を高めてくれます。
ほか、とある免疫賦活栄養素にも注目しており、臨床治験を行っているところです。ある老人ホームで2部屋の入所者の方だけにその栄養素を取ってもらったところ、ホームでコロナのクラスターが発生してしまった際、その2部屋の方だけ罹患しませんでした。インフルエンザも、その栄養素を取っている方は未だ感染者0です。これは本物ではないかということで研究を進めています。
ちなみに免疫力を上げる栄養素として「発酵食品」「食物繊維」と記しましたが、現在はこのようなグループでの扱いではなくより細かく、一つひとつの成分で見るようになってきています。この先さらに研究が進むと、食品メーカーは「この食品に食物繊維を加えましょう」ではなく、「この成分を入れましょう」という形で商品開発をすることになっていくでしょう。
管理栄養士が病院経営を学ぶ必要性
もうひとつ取り組んでいること、それは病院経営学を学ぶことです。MBA取得を目指しビジネススクールにも通っています。「管理栄養士がMBA?」と意外に思われるかもしれませんが、これからの時代、栄養の視点から見た病院経営は非常に重要になると思っています。
少子高齢化社会が進むと患者の数は確実に増えます。患者は増えても、少子化によりそれを見るメディカルスタッフの数は減ります。高齢者が今と変わらず安心・安全な医療を受けられる状態がこの先20年、30年続くかというと、残念ながら現実的には厳しくなるでしょう。しかも高齢者が増えるということは、納税者が減るということです。患者が増えて医療費は高騰するのに納税額は減る、これでは医療費がパンクしてしまいます。
医療費がパンクする未来では、薬だけに頼る医療ではなくなっていくことが予想されます。ではどうするかといえば、病気にならないような食生活に重点を置き、病気になったとしても栄養で治していくという時代になっていくでしょう。
さらにここ数年で食材費が高騰し、ご家庭でも病院でも大きな負担を強いられています。経営学的な視点で営業部門を運営することにより、患者さんにこの先も安心で安全な医療が提供できる健全な病院運営ができるのではと考え、勉強するに至った次第です。2024年8月から東京医科大に新設される「医療経営学」という講座を担当することになりました。
人口減の社会で必須となるデリバリー医療
今後は病院が患者さんの来訪を待つだけの医療ではなく、デリバリーもできる医療というのがかならず必要になってきます。
厚労省の試算によると、2045年ぐらいになると高齢者数も減り、さらには日本全体の人口も減少します。そうすると今度はクリニックの数が減ってくるわけです。患者さんの自宅に近いクリニックがなくなると、患者さんが医療機関にアクセスできなくなるという問題が生じます。さらに山間部の方では独居老人が今以上に増えていくので、仮に近くに基幹病院があったとしても、そこに出向く足がないという問題が生じます。
ですから、いずれはおそらく地域の基幹病院が医療をデリバリーする時代になっていくでしょう。大学病院が直接デリバリーまで手を伸ばすのは現実的に難しいですが、連携を取っている地域の基幹病院がデリバリーするというシステムを作っていかないとこの先、とりわけ地方都市での高齢者医療は完結できないのではと思います。
そこで重要になるのが、基幹病院と患者さんと繋ぐIoT、ICTです。外来の栄養指導も、診療報酬でタブレットを使用した遠隔での食事指導もOKと法律で決まりました。私の勤める東京医科大学病院は西新宿の交通の便利なところにありますが、それでも患者さんによっては足や目が不自由でアクセスが難しい方もいらっしゃいます。そういう患者さんにとって、自宅にいながらタブレットで食事指導してもらえれば負担も軽減されると思うのですが、ここで患者さんがタブレットを扱えないという問題が出てきます。そこで患者さんの自宅に医療従事者が来訪して指導するなり、もし専門外の人だったらタブレットの操作だけでもサポートするといったことは必要になってくるでしょう。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。
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日本のNSTは2000年以降急速に導入が進みましたが、どの医療機関においても管理栄養士の権限がアメリカと比べて限定的です。また、管理栄養士の臨床栄養のレベルは欧米に後れを取っており、急性期患者への対応に課題があります。対策としては教育改革が必要です。
現在の日本におけるNSTの現状
日本でも2000年以降、多くの病院でNSTが導入されるようになりました。公式発表ではありませんが、国内にある約9000の医療機関のうち、おそらく約半数でNSTが行われているといわれています。ただ、日本のNSTは助言のみで完結してしまっており、最終決定をするのは主治医の先生です。アメリカの場合はNSTのリコメンデーションが絶対的な権力を持っていて、主治医たりとも簡単には拒否できないほどの信頼関係が構築されていました。その辺はまだ日本もアメリカに学ばなければいけないところがあるのではと思います。
例えば日本で、糖尿病の患者さんにエネルギー制限するとなったとき、お医者さんが1日1400kcalと設定したとします。そこで管理栄養士が栄養学的な診断をして「先生、この患者さんは栄養状態が悪いから1600kcalのほうがいいですよ。1600kcalに上げても血糖値はそれほど高くならないから、糖尿病の悪化はありません」という助言をした場合、アメリカのお医者さんならば「なるほど、そうですね」となるところ、日本では「うん、けれどやはり1400kcalで……」となるといった具合です。
日本も医師や看護師、理学療法士、薬剤師、そして管理栄養士などスペシャリストが集まってひとりの患者さんを見ていきましょうという多職種協働を推進しているのに、なぜそうなってしまうのか。実は医療法に「医師の指示のもとに」という言葉が入っているのがネックになっているのです。それではいくらわれわれが「患者さんに食事の指導をします」と言ったところで、医師の指示がない限りかないません。これが医療法の縛りです。
医師が360度全方向への権限を持っていますから、医師が一言でも「いや、それは違うよ」と言えば、私たちはそれ以上踏み込めないのが法律的な問題としてあります。政府は医師の働き方改革でタスクシフトと言っていますが、本当にチーム医療をやりたいのならば、まずは医療法からそういった文言を消さないと。そうでなければ真の意味でのチーム医療は完成できないと思っています。
管理栄養士の仕事とは
日本には管理栄養士と栄養士という2種類の資格があります。その違いをご存じでしょうか。資格取得の方法、そして誰に対して栄養管理を行うことができるか、その2点が管理栄養士と栄養士の違いです。
資格取得の方法ですが、栄養士は都道府県知事の免許を受けた資格で、栄養士の養成施設を卒業すると資格が与えられます。管理栄養士は厚生労働大臣の免許を受けた国家資格で、栄養士の資格を取得していることと国家試験に合格することが資格取得の条件となります。
そして栄養士がおもに健康な人を対象に栄養指導などを行うのに対し、管理栄養士は傷病者や食事が取りづらくなっている高齢者など、一人ひとりに合わせて専門的な知識と技術を持って栄養指導や給食管理、栄養管理を行います。病院でNSTのメンバーとして携われるのも管理栄養士のみ、さらに一定規模以上の大きな集団給食施設には管理栄養士を置くことが法律によって義務づけられています。
栄養士の仕事は管理栄養士もできるため、政府でも「栄養士免許はいらないのでは」という検討がされているようです。診療報酬の算定対象になる栄養指導ができるのは管理栄養士だけなので、病院は栄養士の雇用には消極的という実情もあるため、私自身も一本化していいのではという考えです。
管理栄養士に求められる資質、これは何といってもコミュニケーション能力が高いことです。管理栄養士が働くフィールドはとても広く、医療機関や高齢者のための施設だけなく、食品会社、自衛隊の駐屯地・基地や刑務所でもニーズがありますし、最近はプロ野球などスポーツの世界でも管理栄養士が求められています。
どんな場所で働くにしても共通しているのは、必ず対象者がいるということ。それが患者さんでもアスリートでも、誰であれコミュニケーションを図ることができなければ、どれほど専門的な知識や技術があってもそれを対象者に最高の形で提供することはできないでしょう。コミュニケーション能力は不可欠な資質です。
世界における日本の管理栄養士の地位とレベル
医師と看護師の資格がない国はないと聞いたことがありますが、管理栄養士のライセンスがある国は、世界の国の約6割だそうです。アジアだけ見ても、カンボジアやネパールにはありません。また、他国のライセンスでも国内で栄養士として働くことが認められる国とそうでない国があります。たとえば私が留学、就業したアメリカは、日本の資格では管理栄養士としての仕事はできず、新たにアメリカのライセンスを取得する必要がありました。日本も同様で、日本で管理栄養士として就労する場合、日本の管理栄養士の資格以外は認めていません。
一方、シンガポールには管理栄養士の養成校が1校もないため、シンガポール人が資格を取るためにはイギリスやオーストラリア、ニュージーランドに留学して資格を取得します。帰国後それをシンガポール政府に提出するとシンガポールの栄養士の免許が発行されるという具合に、外国で取得した栄養士のライセンスが通用します。
管理栄養士のレベルも国によってかなり差があります。当然、日本の管理栄養士のレベルが気になるところでしょう。
日本で医療に関わっている管理栄養士の仕事を大きくわけると、食事提供というフードサービスと患者さんの治療に当たる臨床栄養の2つになります。そのうちフードサービスに関しては、日本の管理栄養士のレベルは世界トップです。旬の食材を使ったり、季節に合わせた献立を考えたりと、四季のある日本ならではの献立のクオリティの高さには定評があります。「旬を味わう」という日本の食生活に慣れている日本人にとって当たり前のことは、実はまったく当たり前のことではないのです。日本の病院給食はおいしくないという意見もありますが、トータルで考えればレベルは世界トップといえる高さです。
衛生管理もよく行き届いています。国によっては患者さんではなく栄養士に対して「食品に触れる前に手を洗いましょう」から指導しなければいけないところもあります。
ただ、もうひとつの仕事である臨床栄養には、研鑽を積まなければいけないことがたくさんあります。まず、アジアと欧米の臨床栄養には比較にならないほど差があります。さらにアジアでは韓国、台湾がトップで、日本はそれに次ぐ第2集団あたりにいる状態です。フードサービスの評価とは雲泥の差です。
日本の臨床栄養のレベルが上がらない最大の問題、それは管理栄養士の教育にあると思っています。
いま大学など養成校の管理栄養士を養成するカリキュラムで中心になっているものは、がんや心臓病、脳卒中、糖尿病など生活習慣病の人を対象とした食事療法です。心肺停止の人が救急車で運ばれてきたとか、交通事故で全身何十ヵ所も骨折しているとか、大やけどを負っているといった患者さんたちに対する教育は皆無です。一切教わらないまま大学病院などで働いても、そういう状態で食事をしない患者さんに対しての対応はできません。そういう点が、臨床栄養が欧米よりもまだまだ遅れている原因のひとつになっています。
留学時代、私は臓器移植外科に所属し、移植手術を受ける患者さんの術前術後の栄養管理をしていました。臓器移植の手術自体は「日本の先生のほうが上手では」と思うくらい日本のレベルは高いのですが、日本では臓器移植をする患者さんに管理栄養士が関わることはありません。医師がすべてハンドリングします。臨床栄養ではこれほどの差があるのが現実なのです。
外部環境も変わってきています。特に2022年4月に診療報酬が変更になった際、新たに周術期栄養管理実施加算というものが加わりました。これは手術前後の栄養管理をちゃんとすると診療報酬がもらえるというものです。それ以前にも、2000年の診療報酬改定で新設された早期栄養介入管理加算は、管理栄養士が医師と一緒に集中治療室に入っている患者さんの栄養を管理したら診療報酬がもらえるというものもあります。
こうして変化する外部環境を反映させたカリキュラムに変更しないと、これからの時代のニーズに合わないということを一部の養成校では気がついていて、超急性期の患者さんに対しての教育なども始まりつつあるところです。しかし私が今7つの学校で教えていることからもわかるように、これまで教えてこなかった領域のことを教えられる教員自体が不足しているのも課題です。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。
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管理栄養士の理想と現実
私は幼少時から医療に興味を抱いている子どもでした。幼いながら「大切な命をお預かりする尊い仕事のひとつだ」という思いがあったからでしょう。高校で化学が面白く得意科目になると、化学を生かした医療の道はないかと考えるようになり、薬剤師と管理栄養士という職業が該当すると知りました。薬を扱う薬剤師の場合、もちろん予防薬もありますが、基本的には病気になってからの登場ということになります。一方の管理栄養士は予防的な食事療法があるので病気になりづらい体づくりというところから関われるし、乳児から超高齢者までフィールドも幅広い。さらに薬は非日常的ですが食事は日常的なものですから、より患者さんに寄り添うことができるのではと考え、管理栄養士を目指すことにしました。
とはいえ、最初から高い志を持って北里保健衛生学院(現・北里大学保健衛生専門学院)に進学したわけではありません。向学心に火が付いたのは、実際に学び初めて、日頃の食生活次第で健康寿命が延びたりQOLが向上したりするということがわかってからです。しかも栄養次第で治療成績まで変わることも知り、栄養の奥深さにどんどん惹かれていきました。
「身につけた知識を臨床の現場で生かしたい」と就職先は病院を選び、卒業後は長野市の総合病院で働き始めました。管理栄養士はチーム医療の一員としての役目を果たせると学んできたこともあってやる気に満ちていたのですが、理想と現実のギャップは大きなものでした。日々の業務は厨房にこもって、ひたすら患者さんに提供する食事を作るだけ。管理栄養士としての知識を臨床で生かしたいという思いとはあまりに異なる現実に戸惑いました。ただ、当時の日本は管理栄養士も栄養士も「食事を作るのが仕事」という文化だったので、私が勤めたところに限らず、国内の病院ではこれが当たり前のことだったのです。
できることを模索する中で知ったNST
当然ながら、次に勤務した病院でも環境は変わりませんでした。むしろ初年度は食事を病室に配膳したり下げたりすること、食器を洗うことだけが私の仕事だったので、調理すらできなくなりました。学生時代にたくさんの知識を与えてくださった先生は医師の方が多かったので臨床をよくご存じで、「患者さんと関わって治療に貢献するという意識が大事」という信念があり、私にもその教えがしっかり根付いていました。それゆえに、その教えと現場でやっていることの格差にはずっと違和感がありました。
救いとなったのは、病棟への配膳・下膳の際に患者さんと直接会話できる機会があったことです。日々の業務の不満が知らず知らずのうちに顔に出ていたのか、ある患者さんから「兄ちゃん、どうした?」と声をかけられました。それがきっかけでその方と親しくなり、毎日さまざまな話をするようになりました。
しかしある日、いつものように病室に行ったところ空きベッドになっており、昨夜に病態が急変して亡くなったことを知りました。肩を落として上司にその旨を伝え、患者さんの名前や食事内容などが記載されている食札を渡す上司は「そうなんだ」とさらっと言い、私から受け取った食札をゴミ箱に捨てました。
そのとき心に湧いたのは、「私たち管理栄養士は初めて白衣に袖を通したあの日に『患者さんの命を全力で守る』と誓ったはずではなかったのか。人の死をなんだと思っているんだ」という憤りでした。
そこから私も変わりました。現状に不満を抱いているだけでは何も始まらない。自分から動かなければだめだと、担当業務を終えた後に病棟を回り、患者さんが食べられない原因や食べても痩せてしまう理由を毎日探すようになりました。上司からも看護師長からもいやな顔をされましたが、表面的には「すみません」と頭を下げつつ、病棟に通い続けました。
NSTではみな対等な立場で患者の命を守る
管理栄養士としてできることを模索する中で、アメリカの管理栄養士はベッドサイドで患者さんたちの治療に当たっているという情報を知り、それはすごいと驚きました。日本と同じ資格でそんなことをしているのかと。まだインターネットも普及しておらず情報収集も大変でしたが、それでもアメリカではNST(Nutrition Support Team)と呼ばれる栄養サポートチームがあり、そこで医師や看護師、薬剤師、そして栄養士が一緒になって患者さんの命を守るシステムということがわかりました。NSTにおける管理栄養士は栄養の専門家として重要な役割を担っているというのです。
自分のやりたいことはまさにこれだと確信し、すぐにでもNSTを学びたいと思ったのですが、1990年代初めの頃の日本にNSTを導入している病院はどこにもありませんでした。「勉強したいのに勉強できる場所がないなんて」と途方に暮れているとき、外資系製薬会社のMRの方が「どこの病院でもNSTを導入しているアメリカでなら勉強できますよ」と。なんでそんな簡単なことに気づかなかったのか、自分でも不思議です。余談ですが、そのMRの方は今も私のメンターのような役割をしてくれています。
早速、アメリカで研修を受け付けてくれている約30の大学病院に依頼の手紙を書いたところ、返事が来たのは2校のみ。いずれも受け入れOKで、研修期間は1校が3ヵ月、もう1校は4ヵ月だったので、「1日でも長くいられる方に行こう」と1993年、アトランタにあるエモリー大学医学部附属病院へ留学することにしました。結果的には留学後にそのまま入職したので、4ヵ月どころか約3年過ごすことになります。
現地で学び得たものは多岐にわたります。研修先で所属したのは臓器移植外科で、初日から病棟に出てNSTに加わりました。臓器移植はドナーとレシピエントがマッチングしたらすぐに移植しなければならないため、全症例がほぼ緊急手術です。私の師匠である先生は手術になれば手術室にこもりますから、その間の栄養管理は私が担当することになります。言葉の壁、医療従事者としての知識も不十分という状態でしたから苦労も多く、失態を師匠に叱責され涙を流したこともありました。それでも、日本で「これでいいのか」と思いながら悶々と過ごしている頃に比べたら、やりたかったことができている喜びのほうがはるかに大きい日々でした。
アメリカの医療従事者の「自分の身を削ってでも患者さんのために貢献する」「人の命を預かる仕事をしている」という姿勢には圧倒されるものがありました。栄養士も一様に職務に誇りを持っていて、「自分たちの努力や勉強の成果で患者さんの人生が変わる。人の命を預かる仕事をしているのだ」という意識が強いのです。
おのずと栄養士に対して現場で求められる知識や技術のレベルは高くなりますが、それをやりがいとして受け止め、誰もが生き生きと職務に尽力していました。治療の現場でも、医師や看護師などに栄養管理について提言すると「栄養の専門家が言うのだから」と受け入れられます。「医師だからえらい」とか「栄養士だから従わなければいけない」といった縛りなどなく、それぞれの専門領域に敬意があるからこそ成立しているシステムでした。管理栄養士にとってこれほどやりがいのあることはないと感じましたし、NSTを日本でも普及させたいという思いを強くしました。
プロフィール
宮澤 靖
みやざわ・やすし
長野県出身。1987年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業。JA長野厚生連篠ノ井総合病院(現:南長野医療センター篠ノ井総合病院)栄養科入職。93年アメリカジョージア州アトランタのエモリー大学医学部栄養代謝サポートチームに留学し、翌年米国静脈経腸栄養学会認定栄養サポート栄養士(NSD)となる。94年同大クロンフォード・ロングホスピタル栄養サポートレジデントに就任。95年に帰国後、長野市民病院にて全科型NST設立、JA三重鈴鹿中央総合病院にてNSTエグゼクティブディレクターとして日本初の専従スタッフとなる。2002年近森病院臨床栄養部部長、03年同院にてNSTを立ち上げる。19年より現職の東京医科大学病院栄養管理科科長、東京医科大学医学部講師。ほか京都光華女子大学客員教授、一般社団法人日本栄養経営実践協会代表理事、美作大学大学院臨床教授、甲南女子大学・高知学園大学非常勤講師、Emory University Hospital NST特別スタッフ。