第38回 パナソニック株式会社 ビジネスアワード2021受賞企業
高齢化社会に対応した廃棄物処理システム
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 FLUX課
ランドリー・クリーナー事業部 ビジネスデザイン部
主務 岡林典雄様
和歌山県橋本市水道環境部 生活環境課
環境企画係長 植木慎哉様
ビジネスアワード2021 ビジネスモデル賞を受賞したパナソニック株式会社「高齢化社会に対応した廃棄物処理システム」。今回はプロジェクトを牽引されてきたパナソニックの岡林典雄様と共同実証した橋本市の植木慎哉様に、プロジェクトの進捗具合や成果、シニアの定義、そして今後の展望などについてお話をうかがいました。
2022年8月取材
Q.パナソニックと橋本市の連携協定の締結から1年が経ちました。実証実験の進捗状況などをお聞かせください。
(岡林氏)
2021年7月にプレスリリースを発表してから、準備を経て今年1月から3月にかけて令和3年度の実証実験を実施しました。その結果を踏まえ、今年度は11月くらいから実証実験を始める予定となっています。
橋本市にはもともと、ごみをごみステーションまで出すことが困難な世帯に対して、定期的に自宅までごみの収集に行くという「ごみの福祉収集」という制度があります。そこで昨年度の実証実験は、そのごみの量を「見える化」するような仕組みを作り、合理的なタイミングで収集に行くシステムが役立つか、また見守りにも活用できるかという部分の検証を目的としました。画面とセンサー、通信機能を付けたスマートごみ箱を用意し、福祉収集を利用されている要介護認定者の世帯と要介護認定を受けておらず福祉収集を利用されていない世帯、計9世帯に設置しました。
当初はコロナも落ち着いている状態だったので順調に進められるのではと考えていたのですが、実証実験と第5波による感染者増加の時期が重なってしまい、ごみ箱は設置したものの、訪問して逐次意見を聞くということがほとんどできない状態でした。本来、実証実験は現場で話を聞いたり利用状況を直接見て確認したりしながら進めるものですが、それができなかったのは残念です。ただ、成果もありました。高齢者に対する福祉収集にフォーカスしすぎて、そこだけにどんどん特化していきかねないところを実証実験によって方向転換できたのです。
(植木氏)
実証実験によって「高齢者」と「福祉」を結びつけるのが必ずしも正解ではないということがわかったのは、一番の成果でした。今の時代、高齢でも元気な方はたくさんいらっしゃいますから、「高齢になると支援が受けられる」ではなく、「高齢になっても若い頃と同じような生活が違和感なくできている、実はそこに自治体の支援がある」という考え方をしていくべきなのではと気づかされました。
(岡林氏)
要介護支援者は訪問介護を受けている方が多いので、ごみ出しもヘルパーさんなどがサポートしてくれます。そのため、スマートごみ箱を設置するような支援は予想していたよりも必要とされているわけではなかったという気づきがありました。一方、要介護認定を受けておらず自立して生活できている方にとっては「見守られている」という安心感があると同時に、自宅までごみを取りに来てもらえることをかなり喜ばれていました。
要介護者よりも要介護者ではない高齢者のほうにニーズがあるのではという発見があったと同時に、まだ人の手を借りずに生活できている方からすると、支援の対象がごみということもあって「ちょっと嫌だな」と感じたり、あるいは「収集に来てくれるなんて悪いな」といった心理的な部分が作用したりすることもわかりました。規模の小さな実証実験でしたが、それでもこれだけさまざまな検証をすることができました。
Q.昨年度の実証実験から、高齢化社会に対応した廃棄物処理システム構築というテーマの到達点は示されたのでしょうか。
(植木氏)
市としては、今後ますます増加していく高齢者に対するゴミ出し支援に取り組んでいかなければいけない一方で、高齢者だけに特化して手厚くサービスを展開するというのも難しいものがあります。また、今年度から可燃ごみ収集日を週1回とし、市民のみなさまにもごみの減量化にご協力をお願いしているので、ごみ出し支援について積極的に事業を展開するとむしろごみが増えてしまうという矛盾も生じます。さらに市のマンパワーだけではカバーしきれないところはパナソニックさんのスマートごみ箱がヒントになるのではと、昨年から取り組ませていただいているわけです。ですからまだ事業としてこうしていく、という到達点を具体的に示せる段階にはありません。
(岡林氏)
「ゴールに向かってこの辺まで来ています」というより、ゴールそのものも模索しているところです。当社としては、本来はターゲットを決めてプロジェクトを進めていくのですが、自治体と一緒の場合は植木さんが言われたように、どうしても「高齢者への支援は必要だけれどほかの人にも必要、ごみ出し支援は大事だけれどそれ以外も大事」と、絞りきれない面があります。どこにポイントを置きつつ最終的に何を狙うかというのを詰めるため、今年度も実証実験を行います。
昨年度は要介護者への支援という色がかなり強めでしたが、今年度は要介護認定を受けている世帯だけでなく、65歳以上の高齢者のみの世帯まで対象を広げました。色々な世帯に一緒に減量や分別に取り組んでもらい、その結果、橋本市のごみ処理費用が減少すれば、その分を別のサービスに回せます。
昨年度作ったスマートごみ箱は、利用者から「使い勝手がよくない」といったご意見がありました。橋本市の小さいサイズの可燃ごみ袋ではごみ箱のサイズとフィットせず、大きいサイズのごみ袋だとごみが重くなりすぎて取り出しにくいということでした。今年度はその点を改良するとともに、昨年度は1つのごみ箱でしたが分別してもらうことを前提に、ごみ箱が3個連結した形にしました。また、家庭における生ごみの占める量はかなりあるので、小さな生ごみ処理機も組み込みました。事前に乾燥させて捨てる習慣をつけ、水分を減らすだけでもごみ処理コストの削減につながります。今年度は20世帯くらいには配布したいと考えています。
(植木氏)
今回の実証実験で「ごみの分別の細分化をしっかりしてもらえれば戸別収集できます」という、市民と市のWin-Winのような事業展開を考えられたら一番いいですね。
Q.今回のプロジェクトにおけるシニアはどう定義されているのでしょうか。
(岡林氏)
多くの自治体が抱えるごみ出し困難者の問題には、特に高齢者(≒シニア)が多いという実態があります。しかし本事業はSDGsで目指している「誰ひとり取り残さない持続可能でよりよい社会」に向けたサービス実装を目標のひとつと考えていますので、高齢者セグメントに特化したマーケティングやサービス開発だけでは不十分です。「高齢者に特化した」ではなく「高齢者を含む」事業ですので、シニアの定義は特に定めていません。
Q.現段階で課題などはありますでしょうか。
(岡林氏)
企業の側から見ると時間がかかり過ぎていることは否めません。とはいえは目先のことだけ解決すればそれでいいというわけではなく、深掘りをして一番役に立つものをつくらないといけないと感じています。社内の理解を得つつ、橋本市のニーズにわれわれの提供するものをフィットさせていきたいと考えています。
(植木氏)
行政としての課題は、事業展開するときは必ず予算が結びついてくるので、市民のみなさまにも協力してもらわないと限界が来るという点です。ごみ出しの支援でいうと、分別をさらに進める代わりに戸別収集という手厚いサービスをするというのは、パナソニックさんのような企業さんと協力して実際にものを用意し、市民のみなさまと実証実験を実施していかないと事業の展開は難しいというところが見えてきました。
Q.今後の抱負をお願いいたします。
(植木氏)
ごみ処理の施策は人間が生きていく中で永遠のテーマです。いつの時代でもごみは常に出るものですが、ライフスタイルが変わったり平均寿命が延びたり、またごみの内容物も時代とともに変化しています。それに対応し、市民のみなさまにとっても橋本市にとっても最善の施策を展開できるよう、実証実験などを通じてヒントを得ながら取り組んでいきたいと思っています。
実は今年度から可燃ごみの収集日を週1回にしたことについて、市民の方からは不満の声もいただいています。そんなときに、誰もが知っているパナソニックさんという大きな企業と一緒に取り組んでいる試みがあるということを記事に取り上げていただくことで、市民のみなさまからも「ただ市民に強制しているわけではなく前向きに取り組んでいるんだな」とわかっていただける機会になります。どうもありがとうございます。
(岡林氏)
もともとわれわれの事業部では生ごみ処理機をつくっていたので、その進化形はどんなものだろうと考え始めたのが、今回のプロジェクトに取り組む発端でした。その中で、世の中ではごみ処理のコストが問題になったり、ごみ処理をする人も施設も不足したりと、サスティナブルな状況ではないというのがわかってきました。同時に高齢化や人口の減少もあり、いかにSDGsの考え方に沿ってやっていく必要があるのかなど、われわれも学ぶところがありました。
事業としては、パナソニックは今まで家庭内で掃除機や生ごみ処理機など、家事という視点でのお役立ちというところはできていました。今後はこれまでの「清潔・快適・便利」で機能を構成していたものから、よりエシカルに、より環境に配慮した機能を組み込んでいきたいと思っています。さらには家庭内でのお役立ちだけでなく、それを取り巻く地域、自治体さんや廃棄物処理業者さんなどとも繋いでいくようなシステムも提供できればと思っています。今回の取り組みはその第一歩です。
昨年発信したリリースがシニアライフ総研でビジネスアワード2021を受賞し、大変感謝しています。そのようなリアクションがあったことで、世の中の期待のようなものを感じることができました。今後も橋本市さんと協力して成果を上げられるように頑張っていきます。
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