第8回 株式会社文化放送
顧客と共に成長する
シニアマーケティング戦略
株式会社文化放送 放送事業局 放送事業部長 吉住由木夫 氏
開局以来、幅広い層に向けたラジオ放送事業を展開し、2012年には60周年を迎えた文化放送。働き盛りの40代男性の支持も高く同世代での聴取率において長年トップを走る同局。2006年には社屋を浜松町に移転し、昨今はアニメ関連番組などヤング層へのアプローチに力を入れる他、孫世代・親世代・おじいちゃん世代の3世代を結ぶ「親子3世代プロジェクト」の展開など、先駆的な社風と行動力を有した放送局として注目されています。今回は、シニアライフ総研として初めてのメディア取材。文化放送のシニアマーケティングへのアプローチについてお話をお伺いしました。
2014年6月 取材
Q:まず、ラジオ業界における現在の御社のポジショニングと今後の目標についてお聞かせください。
ラジオの聴取率でみると、TBSさんを筆頭に、弊社やニッポン放送さんがトップグループを構成するカタチになっています。
ただラジオ聴取率というのはその算出においてテレビとちょっと違いがあります。それは世帯ではなく個人を対象としている点です。個人を対象としているので行動が分散し、インパクトが小さくなる傾向があります。従ってテレビにおけるサッカー・ワールドカップ中継番組のように視聴率40%達成というような大きな数字が発生することはありません。ただしその一方で聴取者の年齢などは細かく把握することが可能です。
弊社は昨年度、一年間を通じて40代~50代男性をターゲットとした番組作りに注力して参りました。彼らの中には中高生の頃、私どもの放送を聞いてくださっていたのですが、その後生活様式が変わりラジオから離れてしまった方が多くいます。このような人たちがもう一度ラジオの良さや文化放送の面白さに気づいていただくためのリーチ拡大を狙っており、この取り組みは本年度も継続して続けております。
具体的には、イベントなどのリアルな場を通じてリスナーとの関係づくりを醸成するようなメディアミックス施策も積極的に展開しております。その際のコンテンツは「学び」をテーマとしたものが中心になっております。
Q:テレビなどの他メディアではなく、ラジオで展開することの意義についてお聞かせください。
ラジオはテレビと違い出演者であるタレントさんやパーソナリティとリスナーさんの距離感が非常に近いメディアであると考えております。出演者を目で見ることのできない分、出演者はリスナーに絶えず情報や話題を投げかけ続けます。もちろん番組として構成しておりますので出演者同士によるトーク形式で番組は進行いたしますが、そこには常にリスナーが参加をしている構図を強く意識しているので、結果として両者の関係がとても密接になっていきます。
ハガキなど送ってくださる常連リスナーさんが多く存在することでもわかるように、初めて番組をお聞きになる方もその回数を重ねていくごとに番組の重要な出演者にもなり得ます。パーソナリティや番組制作スタッフもリスナーさんのペンネームなどしっかり覚えています。
リスナーさんも自身が番組に参加していることは無意識のうちに感じてくださっていると思います。このようにラジオは言わば「参加型メディア」であるからこそ、リスナーさんの「思い」が非常に熱いのです。
かつて、喫茶店のマスターに扮した谷村新司さんが、弊社の吉田涙子アナウンサーと、日々様々なテーマでトークを展開していく「純喫茶・谷村新司」という番組がありました。この番組は全国ネットで展開していたのですが、ある放送で谷村さんが「ベローチェ(カフェ)のメロンパンが好きだ」という話をしました。当時、吉田アナはベローチェのメロンパンを食べたことがなかったので、谷村さんがメロンパンの美味しさを熱く語ったところ、全国のベローチェからメロンパンが売り切れてしまったのです。
ベローチェの社内で、メロンパンの売り切れた原因が「純喫茶・谷村新司」だとわかると、文化放送に御礼のメロンパンを送ってきてくれました。それをまた番組で紹介すると、再度ベローチェのメロンパンが売り切れ、今度は全国の店から「うちのメロンパンの方が美味しいぞ」と言って、文化放送にメロンパンを送ってくださるというメロンパン戦争が起こったのです。
このような現象は、リスナーさんが番組やパーソナリティを「好きでいてくださっている」というバックボーンがあるからです。リスナーが番組やパーソナリティに対し好意を持ってくださっている前提があるからこそ、ひとつひとつの言葉や情報がリスナーのハートに届きやすい、そして信頼していただきやすい、ラジオというメディアはそんな強さをもっています。だからこそイベントや映画の情報に対しても敏感にかつ積極的に行動をしてくださいます。従って番組内でパーソナリティが自身の言葉で商品をご紹介する生コマーシャルなどにも非常に大きな反響を頂けます。
ただし気持ちのこもっていない番組づくりやトークをするとリスナーの皆さんにはそれがすぐに分かってしまいます。リスナーさんはよくわかっていらっしゃるのです。
ですから、我々も「熱」を込めて番組制作に取り組みますし、「熱」を込めればたくさんの反応をいただけます。その結果、その番組をどんなリスナーさんが支えてくださっているのかを実感することもできるのです。
Q:文化放送さんとして、番組制作や編成面で意識されていることはどんな点ですか?
まず、ラジオの場合は時間帯によって、ターゲットとする層が大きく異なります。
朝から夕方のナイターは大人向けの放送でありそれ以降は、ヤングゾーンと言われる若者向けの番組で構成しています。このゾーンでは他の放送局と差別化を図っている点があります。それは、アニメやゲームにフォーカスしたコンテンツを配置していることです。
文化放送では、20年位前からアニメに関する番組制作を開始しました。当初は1番組、2番組程度からのスタートだったのですが、それが人気を博し、今では土日の夜は、アニメの声優さんが多く並ぶゾーンになるまで成長しました。
今でこそ声優さんがNHKさんの紅白歌合戦に出演するなど、アニメやゲームといったジャンルが確固たる地位を築いてきていますが、20年前の番組開始当時の状況はもちろん違っていました。当時のアニメ文化はいわゆる一部の「オタクリスナー」のためのものであり、まだまだ市民権までは得ていない時代だったと記憶しております。
しかし幸いなことに当時から弊社は「新しいものに挑戦をする社風」がありましたので、結果として「アニメ&ゲーム番組」という新しい取り組みを開始することができました。それが今では非常に力強いコンテンツに成長し、文化放送を象徴する特色にまでなってくれました。
新しいチャレンジをすることはとても大事なことです。その取り組みは今この時点で同番組を聞いて下さるリスナーに届けるだけのものではないのです。
昔、21時台から放送されていた「吉田照美のてるてるワイド」を聞いてくれていた若者が、月日が経ち40代、50代になって今、15時台からの「吉田照美 飛べ!サルバドール」を聞いて下さってます。今、新しいチャレンジをして面白い番組を作り若い皆さんに届けることは、この先20年後30年後までつながり続ける文化放送のファンを作ることでもあるのです。
Q:そんな中、現在の若い世代に対するアプローチの仕方は何が重要でしょうか?
言うまでもないことですが、ネットの存在は無視できません。私も子供が3人いるので分かるのですが、今の若い世代はわからないことがあったらその場でスマホなどを使って調べます。また何か観たいものがあればすぐにYouTubeで検索して閲覧できます。
これは言い換えると、「自分が欲しい情報だけ選択しそこで完結する」という状況にあるのだと思います。自分の興味範囲以外の情報が入りにくい環境に置かれているといえるのです。
我々の世代の場合、主な情報源のひとつとしてラジオは確固たるポジションを有しておりました。ラジオは私たちに「聞きたいジャンル」、「知りたい情報」の枠を超え、それ以外の情報をどんどん提供してくれました。そして私たちはそれを吸収し、そこからまた新しいジャンルへ世界が広がっていく感覚がありました。
今の若い世代が興味のある事に貪欲なのは事実です。そして欲しい情報は徹底的に調べますし、それができる環境にあります。ですからラジオ番組も「彼らにとって欲しいと思われる情報やコンテンツ」を提供していく必要があると思います。
ネットじゃないから接触しないのではありません。テレビや雑誌では得ることのできない情報やコンテンツが含まれた番組であれば、支持を得ることは可能です。現にそういうコンテンツを提供することにより、若い層からも多くの支持を得ている番組も多くあります。
Q:ラジオと若者の接触ポイントも作る必要がありますね?
はい。事実、今の若者にとって「ラジオ」という媒体そのものが遠くなりかけています。従って生活導線上にラジオが存在していることを認知してもらい媒体への距離感を少しでも近づけるような施策も重要です。
その取り組みのひとつがPCやスマホでラジオが聞ける「radiko」です。また2014年5月からはJ:COMのコミュニティチャンネルで文化放送が聞いていただけるようになりました。このように接触ポイントを増やすことが若者とラジオが繋がるきっかけとして重要だと思います。そこで一度でもラジオを聴いていただければ、我々が他媒体では得られない価値のあるコンテンツを提供していることに気づいてもらえるはずです。
また、リアルなコミュニケーションの場を創出することも重要だと考えております。たとえばイベント活動の展開です。冒頭にお伝えした通り、ラジオはパーソナリティとリスナーが非常に近い距離にあります。そこで、各種イベントを通じて音声のみでは提供しきれない、そしてデジタルのコミュケーションでは表現できないリアルな場をご用意し、リスナーと番組がより密接な関係を保てるよう努めています。
Q:具体的にどのようなイベントを実施されていますか。
日常的なコンサートなどの興業はもちろんですが、それとは別に年に一回「浜祭」という文化放送総力で取り組むイベントを開催しています。
当社は2007年に本社社屋を四ツ谷から浜松町に移転しました。新社屋は浜松町駅にも隣接しており、イベントの実施が可能なホールもあります。
また、近隣には東京タワーやハマサイトなど集客力のある施設もあり、人の活気に溢れた立地です。これらの利点を活かさない手はないと考え、イベント活動には積極的に取り組むようになりました。その一環が「浜祭」です。
「浜祭」は文化放送の周波数AM1134にちなみ、初年度は11月の3、4日に開催をいたしました。その際は3~4万人の集客規模でしたが、2013年は11月4日の単日開催であったにもかかわらず、7会場で10万人の方にご来場いただいています。
ラジオは声だけのメディアなので、このようにリスナーとの接点を我々は大切にしていますし、リスナーの方々も非常に喜んでいただいています。「くにまるジャパン」という人気番組があるのですが、私の知っている居酒屋の店長さんは邦丸さんをリスペクトする余り「邦丸さんに会うから浜祭の前日はお酒を飲まない」といって、張り切って来場してくださいます。挙げたらきりがないのですが、このように他のメディアでは見られない熱いファンがラジオには多いのです。
Q : 「浜祭」の具体的な内容やトピックスなどお聞かせください。
「浜祭」ではそれぞれの拠点で、公開収録・生放送、音楽イベントなどを行っています。実は、第一回、第二回はAKB48が参加してくださいました。当初は200人ぐらいの規模だったのです。その後、人気が出て第三回目以降は混乱が予想されたのでご参加いただけませんでしたが…(笑)。
特筆すべきは、本当に多くのシニアの方が浜松町までお越し下さることです。朝早くからわざわざイベント会場に足をお運びいただき、邦丸さんや大竹まことさんなど、お気に入りのパーソナリティの収録やイベントに積極的に参加してくださいます。その熱気はAKB48などアイドルに夢中になり声援を送る若い皆さんの姿と何も変わりません。つい先程まで静かにしてらっしゃったおじいさんが、目当てのパーソナリティを見た途端に見違えるかのようなお元気な姿に変わるほどです。
「浜祭」はリスナーと直接の接点が持つことができて、聴取率だけでは絶対に分からない番組へのリアルな支持を体験することができます。こういう体験を次の番組のコンテンツ企画に活かしていきます。
また、リアルな場の臨場感というのはスポンサーさんにとって番組のポテンシャルを体感していただく大事なエビデンスにもなります。単に電波を流しているだけでは「誰が聴いているのか」、「どんな人が反応しているのか」が見えません。「浜祭」の現場をご覧いただくと、スポンサーさんにとっても自社ブランドがどのようにリーチしているのか再確認していただくことができ、ビジネス面においても大変意義のあるイベントであると思います。
Q : そんなにシニアの方はイベントで積極的な反応をしてくださるのですか?
そうなんです。シニアの方々のバイタリティには本当に驚かされます。例えば当社には「飛べ!サルバドール」と「走れ!歌謡曲」といういわゆる40代以上をターゲットにした2大シニア向け番組があるのですが、今年の6月にこの番組のパーソナリティとアシスタントを務める室照美と小林奈々絵が、「金沢・愛のパラミシア」というデュエットソングをリリースしました。
興業としてもそれほど大きな期待はしていなかったのが本当のところですが、リリース時に弊社の一階のスペースで完成披露イベントを開いたところ、予想を大幅に超える多数の方々、特に50代60代の方がお越しくださいました。その現場は、まるでアイドルのような熱気に包まれ、年配の方々が自作の団扇やカードを持って参加してくださいました。握手会も開催したのですが、これも大盛況。普段ポーカーフェイスと思われる年配男性のお客様も、握手後には「今日は来て本当に良かった」という感想をくださいました。
イベントを通じて感じることは、「ラジオ+イベント」の組み合わせがシニアに大きな「元気」を与えるということです。普段は癒しを与えてくれているパーソナリティですが、たまに彼ら、彼女らと触れ合える非日常の場の提供をすることにより、「文化放送は元気をくれる」存在と思っていただけことができるのです。
イベントは私たち文化放送が「シニアに元気を提供する」という使命を担っていることを再確認する重要な場でもあるのだと考えております。
Q:浜祭以外にもシニアをターゲットにした様々な施策に取り組んでいらっしゃいますね?
はい、「浜祭」は当社の一大イベントなのですが、それ以外にも放送と連動した企画をプロデュースして参りました。
そのひとつとして、完全生放送で取り組んだラジオドラマが印象に残っています。
浜松町に越してきた一年目に、浜松町は古典落語の芝浜の舞台でもあるので、その芝浜を原作としたラジオドラマを、完全生放送というカタチで構成しました。
古典落語と現代を掛け合わせた内容なのですが、役者さんも各自でセリフを覚えてきてもらい、なんと当日のリハーサルが初顔合わせでした。また、BGMや雑踏の音など「音を作る職人」による生の演奏にするなど、すべて「生」にこだわった企画でした。演技も生なのですが、音も録音ではなく生なので、見ているお客さんもCMになると溜息を漏らすぐらい緊張していました。
とても大変な企画だったのですが、もう一度チャレンジしたいという気持ちもあります。ただ、キーマンの一人である音作りの職人さんがご高齢によりもう起用できないため、残念ながら再演するのは難しいのが現実です。こういう面でもシニアの皆さんには元気でいていただくこと、そして次世代への技能伝承の重要性を感じる次第です。
Q:現在進行形でも結構なのですが、今後の展望や展開について具体的な取り組みを教えてください。
冒頭にもお伝えさせていただきましたが、昨年から「学び」をテーマにした番組制作を積極的に展開しています。これは「大人がもう一度学ぶムーブメント」に着目し、弊社としてマーケティング的観点を強く意識して着手した施策になります。
具体的には、火曜日から金曜日20:00 – 22:00の帯で35歳以上のビジネスマンをターゲットとした「オトナカレッジ」という2時間番組を昨年から始めました(プロ野球中継シーズンは不定期)。大きく分けて前半は「趣味と教養の20時台」、後半は「経済・ビジネスの21時台」の2部構成になっているのですが、後半部分では経済評論家の方々にも出演していただき、ラジオの向こう側のリスナーの皆さんにいわゆる「講義」をするような番組構成になっております。従って番組パーソナリティであっても講義中はなるべく口を挟まず、出演者とリスナーが対峙しているような番組です。
また、講義後にメールでの質疑応答を行い聴くだけではなく、参加をしてもらう形式をとっています。このような番組は弊社の社員も積極的に聴いているので、実際のビジネスマンにも役立っていると感じています。
今後は、ラジオだけではなく本当の講座も定期的に開講していこうと考えています。今後はビジネスだけではなく元プロ野球選手による野球教室やレッスンプロによるゴルフ教室などを考えております。これを聞いてからプロ野球中継を聞くと野球が何倍も楽しめたり、ゴルフの見方やり方がかわるような、大人が聞いて楽しい講義です。
また講義の後にレッスンも行うなど、よりリスナーと密接な関係を構築できるようなコンテンツを提供し、文化放送の「オトナカレッジ」をブランド化していきたいですね。
Q最後に御社が考えるシニア、シニアマーケットについて教えてください。
ラジオはやはり若いうちにどれだけラジオに触れていたかが重要になってくると考えています。私たちや今の年配の世代は、若い頃ラジオに抵抗なく接していたので今でもラジオを聴きますし、何かのきっかけでラジオの存在を思い出し、聞いてくださる方も多くいます。
しかし今の若い世代は、ラジオに対して距離感を持っていると感じます。ですので、スマートフォンやパソコン、イベントといったコンテンツを通じて、ラジオはメディアの中でも非常に近い距離に存在していることを啓蒙すると共に、「今、この瞬間に接してもらえる」ようなコンテンツ作りも心がけています。
また、孫世代・親世代・おじいちゃん世代の3世代を結ぶ「親子3世代プロジェクト」にも注力して参ります。今の親は仕事に忙しくて子どもと触れ合う時間が限られる一方、祖父母が若くてお元気です。ですから子育てに祖父母が関わっていることが非常に多くなっております。子育ては親子三世代で取り組んでいるという観点から、「親子で話し合える」「おじいちゃん、おばあちゃんと語り合える」というキーワードの下、生活の一環にラジオが関わっていき役に立てるような番組作りに取り組んでいます。「一緒にラジオを聴くと楽しいね」、「ラジオってためになるね」と言ってもらえる存在になりたいのです。
ラジオは生活の一部であると実感していただき、一緒に時代を経る時期を作ることができれば、途中、ラジオから離れてしまう時間があったとしてもまた思い出してもらうことができます。
つまり、若い世代や40代、50代の「今」に対して、魅力ある番組、コンテンツ作りこそが、私たちにとって長い目で見たシニアマーケティングに繋がっていくのだと考えています。
株式会社文化放送ホームページ
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