第2回 キユーピー株式会社

日本発の市販用介護食「やさしい献立」

広報部 メディアコミュニケーションチーム チームリーダー 坂口氏
家庭用本部 商品部 加工食品ヘルスケアチーム 飯泉氏

 

キユーピー株式会社は “愛は食卓にある。”の想いのもとベビーフードから介護食まで幅広い商品を発売しています。中でも「やさしい献立」はかむ力や飲み込む力といった食べる機能が低下した方にも、おいしい食事を楽しんでいただきたいとの思いから日本で初めて市販用に発売された介護食です。今回のインタビューでは商品概要や開発プロセス、これからのシニアマーケットまで広くお話をお聞きしました。

2013年6月 取材

【加工】やさしい献立

Q.「やさしい献立」の商品についてお聞かせください。

飯泉氏) キユーピーの介護食についての歴史は長く、その歴史からお話いたします。

1989年当時、当社営業からの声をきっかけに病院・施設向けのシルバー食「やわらか煮」という商品を開発いたしました。

しかし当時の「やわらか煮」は、単に普通の食事を柔らかくしただけといってもよい商品でして、柔らかさの度合いや味付け、量についての考察は全く手さぐりの状態でした。また販売していく中でも様々な課題があり売れ行きも思わしくなく、結果として撤退を余儀なくされました。
その後色々な方のお話を聞く中で、ご家族が突然脳梗塞等で介護が必要になった際、何を食べさせれば良いのか分からないというお声が非常に多いことに気づきました。一方でキユーピーでは当時からベビーフードを商品化しており、そのベビーフードを介護食として大量にご購入される方もいらっしゃるというデータも有しておりました。

そこで病院・施設だけではなく、在宅介護の方々のニーズにも呼応できるような商品を開発しようということになりました。

最初に発売した「やわらか煮」と同様に、この商品の開発にあたっても当初は手さぐりの状態で様々な課題がありましたが、著名な先生方や施設の栄養士の方、また介護施設に入居されていらっしゃる方などのご意見を聞き、1998年に日本初の市販用介護食を発売し、その翌年から「キユーピー やさしい献立」シリーズとして展開しています。

「やさしい献立」は、「やわらか煮」よりも容量を減らし、塩分を控えめにしつつもご高齢の方に満足していただけるようにしっかりした味付けにしました。
硬さについても大きな課題でしたが、お客様の噛む力、飲み込む力に応じて適切な商品を選んでいただけるように工夫しました。その後、弊社も加盟する日本介護食品協議会で「ユニバーサルデザインフード」の5つの区分が制定され、現在ではシリーズ合計で5区分、54品のラインアップを展開しています。

発売当初はパッケージに「介護食」という表記を入れていましたが、現在はこの表記を使わず、あくまで「やさしい献立」という商品名で訴求を行っております。その理由は、この商品があくまで「ユニバーサルデザインフード」、すなわち「みなさんの食べ物である」という定義にたっているからです。具体的にはご高齢の方だけではなく、歯の治療後の方や障害を持たれている方など色々な方に使っていただける商品であるという思いが込められております。

ユニバーサルデザインフードの区分表
ユニバーサルデザインフードの区分表 出典:日本介護食品協議会ホームページ
 

Q.一番購入が多い区分は5つのうちどれなのでしょうか?

 

飯泉氏)スーパーやドラッグストア等の一般店頭や通信販売等、業態によって売れ筋の商品は異なるようですが、ボリュームが一番大きいのは区分3(舌でつぶせるタイプ)になります。

 

 

Q.スーパーとドラッグストアで売れ筋が異なるのには何か理由があるのでしょうか?

 

飯泉氏)ドラッグストアでは大人用紙おむつや介護用品等と一緒に指名買いをされる方が多く、大量にまとめ買いしていただくケースが多いようです。もちろんスーパーにもそういった方もらっしゃるのですが、こちらではやはり普通の食事に近いものを必要とされる方が多いようです。

 
 

Q.チャネルについてお聞きしますが、現在注力されているチャネルについてお聞かせください。

飯泉さん_修正済

飯泉氏) 現在ウエイトが高いのはドラッグストアですが、昨今の伸長率が高いのはスーパーですね。将来的にはコンビニチャネルでも展開できればという期待を持っております。

 事実、現時点でも既に一部の地方ではコンビニエンスストアでもお取扱いいただいている事例もありますので、可能性はあると考えております。

我々としてはこのような事例をもっと増やし、生活者に最も身近な流通チャネルであるコンビニや、首都圏のミニスーパーでも抵抗なく購入できるようになればと思いますね。そのようなプロセスを経て、この商品をもっと日常的に使っていただきたいと願っています。

 

坂口氏) コンビニでこの商品カテゴリを拡大していくためには、棚効率を上げていくことが大切です。将来的には取扱いは増えていくとは思いますが、そのスピード感についてはまだまだ読めない部分で、商品カテゴリの認知拡大がポイントになると思います。

また、東日本大震災があってから流通企業様にもこのカテゴリのお取扱いを前向きに考えていただいけるようになったようです。有事の際にはお年寄りの食事を別に作るのはなかなか難しいことです。そんな背景もあり、「いざという時の備蓄食」として取り扱っていただく事例が増えてきております。

 
 

Q.多くのラインナップ(味)がありますが、ニーズの拾い出しの重心はどういうところに置かれているのでしょうか?

 

飯泉氏) 無尽蔵に増やしていくわけにはいきませんが、毎日使っていただく商品であることを考慮して開発を行っております。様々な食に関する統計データを参考にして、出現頻度の高いメニューをピックアップしています。

 

坂口氏) 人は毎日同じメニューを繰り返し食べ続けるわけではありません。食事は栄養面のみならず行為そのものが楽しむべきものであるという側面を持っております。従って継続してご利用いただくためにはそれなりのラインナップが必要です。

ただしラインナップを増やしすぎると生産効率が悪くなり原価が上がって商品価格に跳ね返ってしまいます。随時足し算引き算をしながら開発を進めているような状況です。

また「ご高齢の方が対象だから和風」などという先入観に捉われず、洋風メニューの採用も積極的に進めております。例えばチキンライスのような洋風メニューもありますが、これを採用したのは単に洋風のバリエーションを増やすというだけの理由ではありません。チキンライスという食べ物は洋風でありつつも、実は日本人にとってどこか昔懐かしいメニューだったりします。だから年配の皆様はチキンライスを食べるとなんとなく人生をフラッシュバックし、昔懐かしい時代のことを思い出し、心も元気になるのです。

食べることを通じて、生きる気力が湧き起こるきっかけになってくれたら・・・。メニュー選定の背景には私どものそんな思いも込められています。

 

飯泉氏) もうひとつ例を挙げさせてください。区分3の「肉じゃが」も人気商品のひとつなのですが、実はこれが商品化された頃、私は内心で「肉じゃがなんて家で簡単に作れる商品が果たして売れるのだろうか。」という疑問を持っていました。

しかし結果的にはベスト3に入っている商品です。結果として珍しいものや外食志向の献立ではなく、ご家庭でも作られているようなる普遍的なメニューに高い評価をいただくことが多いようです。

 
 

Q.「肉じゃが」がベスト3に入るということですが、ベスト3のその他の味を教えていただけますでしょうか。

 

飯泉氏) 1番売上が大きいのは圧倒的に区分3の「やわらかごはん」ですね。この商品は単にごはんを柔らかくしたものでも、お粥でもありません。通常お粥というのはごはんの粒と汁が分離しておりますので、ゆっくり飲み込む方はむせやすいという傾向にあります。この商品はモッチリまとまっており、水分の量が少なくお皿に出すと口の中でまとまり飲み込みやすいという商品です。

 

坂口氏) 「ごはん」は日本人の主食ですので、この「やわらかごはん」は通販でのケース買いが多いようです。

 

飯泉氏) その次に人気なのは区分2の「おじや親子丼風」ですので、やはり主食が人気のようです。

 
 

Q.商品の金額はどのくらいなのでしょうか?

 

飯泉氏) 発売当初は1つ300円でしたが2回の価格改定を経て、現在は180円、150円ラインの価格帯になっています。

 

坂口氏) 食事は毎日するものですので高い金額を払い続けるわけにはいきません。お買い求めいただきやすいような価格の実現というのは、ユニバーサルデザインフードを普及させていく上での大事なポイントになりますので我々も日々努力しております。

 
 

Q.商品を購入される方の年齢に傾向はあるのでしょうか?

 

飯泉氏) 非常に難しいところです。一般的に「シニア」というと65歳以上のイメージですが、実際に「やさしい献立」のような食事が必要な方は80歳以上というような漠然としたイメージがあると思います。しかし実際には80代でも使わない方も多くいらっしゃいますし、50代で使っていらっしゃる方もいらっしゃいます。年齢というよりも、入退院を経験されたかどうかという指標の方が有効かもしれませんね。またこの辺りの属性を分析しようにも買われる方と使われる方が異なるという実状があるので分析が難しいところです。

 
 

Q.マヨネーズのイメージが強いキユーピーさんですが、介護食マーケットに参入されるきっかけは何だったのでしょうか?

 

坂口氏) もともと日本人の体格向上を願って製造販売を開始したのがマヨネーズです。そこを起点に食を通じて健康的な生活を送っていただきたいというのがキユーピーの考え方です。新しいマーケットに参入する上でキユーピーとしてその会社の考え方に基づいたストーリーが描けるかどうかが市場参入時の重要な指標になります。キユーピーは主に調味料や加工食品などの商品を中心に製造・販売をしていますが、ここにも「マヨネーズやドレッシングを使ってもっと野菜を食べましょう」、「ジャムを使っておいしくパンを食べましょう」などの「食に対する思いやストーリー」があります。

ならば「やさしい献立」のストーリーは何か

「高齢になって食事が満足にできなくなってしまった方に対しても、キユーピーとして何かお手伝いできないだろうか」という当社の思いそのものが商品というカタチになっております。
キユーピーにはFood, for ages 0-100”という考え方があります。0歳から100歳までのあらゆる食シーンにおいて貢献できる企業であろうという意味ですが、「やさしい献立」も、この考えに沿った商品といえます。

 
 

Q.ベビーフードと介護食とで似ている点はあるのでしょうか?

 

坂口氏) 柔らかく食べやすくするという点で硬さ・柔らかさはベビーフードと似ていると思います。ただベビーフードはこれから成長していく赤ちゃんが味覚を覚える過程のものですし、食べる・噛む機能を鍛えるという位置づけにもあります。対して介護食は色んな食経験や人生経験をお持ちの方がお召し上がりになりますので味付けの点でもベビーフードとは大きく異なります。健康を考えて薄味にすればいいわけではなく、食べられる方の人生観とも結びつける必要があります。そのため味付けにはよいダシを惜しまず使うなどの努力や工夫をしています。栄養バランスを無理矢理考えるよりも、まずはおいしさを優先していることが当社の商品開発の特徴なのかもしれません。

 
 

Q.商品開発のプロセスと期間を教えてください。

 

飯泉氏) 「やさしい献立」の発売時の開発では病院の先生や施設の栄養士の方、入居されていらっしゃる方の声を取り入れながらでしたが、現在は一般のお客様からの声も多く取り入れています。お客様相談室へのご意見や励ましのお言葉や、通販部門に寄せられるアンケート等を参考に開発しています。一概には言えませんが1020人で約1年半~2年くらいかけて開発しています。

 
 

Q.昨今「やさしい献立」のような商品を発売するメーカーも増えたような気がしますが…?

 

坂口氏) 昔から取り組んでいる企業も多くありますが、メディアの報道も含めて話題に上ることが増えたのはここ2年くらいでしょうか。

 

飯泉氏) 勿論メーカーとして競合他社にどう立ち向かうかということを考えなければいけないのですが、市場が非常に小さいため市場全体を活性化する必要がありますので、弊社としては是非他社の商品と弊社商品を一緒に並べていただきたいと考えています。

 

坂口氏) 介護食の市場は約1000億円と言われておりますが、そのうち流動食とトロミ調整食が多くを占めています。その中でレトルトタイプの食品は約20億程度だと言われていますので非常に小さいマーケットです。

また実際に介護に直面しない方にとっては、日常生活でほぼ必要性を感じない商品ですので、こういう商品カテゴリが存在すること自体ご存じないケースが非常に多いと思います。しかし今は介護というものに無関心な方であっても、ある日突然介護問題にさいなまれることは往々にしてあります。その際に介護食というものが存在していることを知っているかどうかは、介護者の方にとって非常に重要な問題です。

従って、我々としては競合商品を意識するよりも、まずは競合商品も含めたカテゴリ全体の認知度を高めていくことが必要だと考えています。

 
 

Q.商品カテゴリの認知を上げるためには行政のチカラも必要でしょうか?

 

坂口氏) 我々メーカーが頑張らねばならない部分もありますが、弊社も参画している日本介護食協議会としても商品カテゴリの認知を高める事を重要視しています。最近は農林水産省でも議論されていますので、そこへも我々メーカーとしての考え方は伝えていきたいと思いますし、メーカーや協議会、行政だけでなく現場の方の意見も聞いた上で、何が必要か施策を考えなければいけません。つまりはメーカー、協議会そして行政など、それぞれが頑張らなければいけないんだと思います。

 
 

Q.商品の認知についてキユーピーとしてどう生活者とコミュニケーションを取られているのでしょうか?

 

坂口氏) 介護する側、される側と対象を分けてコミュニケーションするという考え方もありますが、する側、される側にこだわらず多くの方に届くような方法で地道にコミュニケーションを取るのが重要だと考えています。現在は新聞広告をメインに展開しています。介護する方・される方が集まる特定の場所があるわけではありません。強いて言えば病院や施設がそれに当たりますが、そこで商品カテゴリや商品自体の認知、そして便利な使い方に至るまでを周知できるようになれば、市場そのものも拡大することにつながっていくと考えています。

 

 

Q.御社の中で、「シニア/高齢者」の定義であったり、マーケットを考える際の指標のようなものはあるのでしょうか?

 

坂口氏) 明確にはありません。先ほどもお話しましたが「やさしい献立」が必要になる方は高齢者の中でも少数派ですし、若い方でも必要な方はいらっしゃいますので年齢では区切れません。
あえてマーケットを階層化するならば、 

  • 「やさしい献立」のような食事を日常的にご利用いただいている方
  • まだ「やさしい献立」のような食事は必要ではないが、最近噛む力が弱くなった方
  • 通常よりも少し柔らかい食事を求められている方。
  • 日常的に健康に気を使ってらっしゃる方

 といった、ユニバーサルデザインフードに対するニーズ別の分類になろうかと思います。

 
 

Q.これから更に高齢化が進む見通しですが、マーケットの変化として何か具体的なイメージがあればお教えください。

 

坂口氏) 先程チャネルのお話の中にありましたが、コンビニのような買い場への対応はすごく重要になると思います。

遠くの総合GMSより近くのスーパー、更に近くのコンビニや通勤経路や駅周辺、宅配・通販など昨今は流通が変化・細分化されてきているため、それぞれの形態に対しどのように対応していくかを考えていく必要があります。

最終的にはお客様のお手元に対し、今以上に素早く、そして確実に届くシステムを作っていくこと、それが最重要課題だと思います。

キユーピー株式会社 ホームページ

http://www.kewpie.co.jp/


 

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