「黒川由紀子の シニアの世界へようこそ」第1回 からだ

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文=松井健太郎
写真=高岡 弘

 

年を取ることは「痛みとの戦い」。
体力の衰えに応じてできる工夫を。

 日本の平均寿命は84歳。世界1位です。健康寿命も年々伸びています。ただ同時に、長寿になったがために体力の衰えを実感する場面が増えていることも事実です。階段を若者がスタスタと駆け上がっていく姿を羨ましそうに見上げながら、手すりを握って一段一段昇ったり、昔はできた運動ができなくなったと感じたり。だからこそ、体力を維持、増強するための運動に関心が高い人が多いのでしょう。習慣的に運動している方の割合は、若者(20〜29歳)の16.5%に比べ、高齢者(70歳以上)は43.3%と圧倒的に高いのです。私がときどき行くジムには、杖をつきながら、あるいは車椅子に乗って来られる方もおられます。

 体力が落ちるきっかけは、転んで骨折したり、長期入院するなど、ケガや病気が原因に挙げられますが、それよりも「痛み」が原因になる場合のほうが多いように感じます。肩、腰、膝、指……。年齢とともに体の節々に痛みを覚えるのは珍しいことではありません。むしろ、当然のこと。『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)でも紹介しているように、「何か行動する前には自分の体と相談してから」と年輩の方はおっしゃいます。朝、起きたら、「肩よし」「膝よし」「心臓よし」と、指さし確認のように体をチェックする習慣を持つ方もおられます。年を取るということは、「痛みとの戦い」でもあるのです。

 体の痛みが頻発すれば、気力も失われ、何をするにも億劫になりがちに。複数の用事ができなくなる方もおられます。「病院へ行った後、友達から食事に誘われているけど、膝が痛くなって行けなくなったらどうしよう」と、2つ目の用事に対して慎重になり、約束しなくなることも。そうして行動量が減り、ますます体力が衰えていくという悪循環に陥るのです。

 そこで、年輩の方は工夫をします。体をケアするための運動を行ったり、食事に気を配ったり。さらに、ヒールはやめて靴底の滑り止めがしっかりした靴を履くとか、散歩に出かけるときは転びにくい道を選ぶとか。外部の環境に働きかけ、調整することによって、痛みやケガをできる限り回避し、体力の維持に努めるのです。

 そんなふうに、痛みを受け入れながらも、体力を維持するためのアイデアを考え、暮らしに生かしておられます。一週間前はできなかったことが今日できたらうれしい気持ちになれますから。でも、けっして無理はしません。体力の衰えに応じてできることを工夫しながら、自分の限界をちょっと超えてみる運動にも挑戦しておられるのです。

 

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財布から小銭がスムーズに出せない。
コンビニのレジに「シルバーレーン」を!

 高齢になると、手先の巧緻性が低下します。指先の細かな運動が難しくなり、お財布の小銭がスムーズに取り出せないこともあるようです。そのため、スーパーやコンビニのレジでのお会計に時間がかかってしまい、後ろに並んでいる若い人にイライラされ、ますます萎縮して焦ったり。ほかのお客さんに迷惑をかけまいと、1000円札ばかりで支払っているうちに、お財布にどんどん小銭が増えてしまうという悩みを抱えている方も少なくないようです。

 そんな高齢者のために、レジに「シルバーレーン」を設けてはいかがでしょうか? 年輩の方が比較的多く住んでおられる地域で、店内にある程度のスペースが確保できるようなら、ぜひ備えてほしいですね。若者の論理を高齢者に押し付けるのは間違っていますし、年輩の方がゆっくりと買い物ができればお店の売り上げも上がるでしょうから。

 アメリカに住んでいた私の両親は、地域のコミュニティのプールに通っていましたが、そこには「シルバータイム」があり、年輩の方が気兼ねなく、安心して泳げる時間が設けられていました。高齢者へのリスペクトが感じられ、とても心地よかったようです。

 さて、体力が衰えてくると、なるべく重いものを持ちたくないという気持ちも働きます。洋服一着にしても、「若いときはどんなに重たい服でも平気で着こなしていたけれど、重さのある洋服は体に負担がかかるので着たくない」とおっしゃるのです。「携帯電話さえ置いて出かけたい」と。暑い時期には熱中症予防のために水やお茶が入ったペットボトルを持ち歩く方が増えますが、年輩の方にとってはそれも重いので、10センチもない小さくて軽い容器に水を入れて携行するなど工夫されています。市販のペットボトル飲料も、ミニで軽量のものを発売すれば売れるかもしれません。

 また、適度な力でコップやボールペンを握ることが難しくなることもあります。力の加減がうまくできないのでグラスを落としてしまったり、極端な場合は、握手をするときにものすごい力を出してしまって相手の方が骨折をしたという話も聞いたことがあります。そこまでいくと、かなり認知機能が低下しているのですが、程度の差こそあれ、力の調節は高齢者にとっては切実な問題の一つなのです。

 

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認知症だからと特別視しないこと。
自分の「引き出し」から好きな運動を。

 認知症の方でも、とくに初期の頃には体力が保たれている方は多いです。水泳を趣味にされ、1キロも泳ぎ切る方がおられれば、ゴルフを楽しまれている方もおられます。認知症だからといって、「泳いではいけない」「ゴルフは危ない」と何でも禁止するのはよくありません。大切なのは、認知症の方を特別視しないこと。

 とは言え、歩いていたら迷子になってしまうこともあるでしょうから、周囲の人たちの配慮や工夫は必要です。安全に、安心して体力を維持、増強できる場を設けることが求められます。

 一つ言えるのは、認知症の方は新しいことを習い覚えるのが難しくなってくるので、体力を維持、増強する場合でも、過去に体にインプットされた運動をすることをおすすめします。一度、自分のなかにどれだけ使える「引き出し」があるかを振り返ってみてはいかがでしょうか? 年を取ると習慣が頼りになってきます。習慣化されたような行動が幅広くあると、毎日をより楽しく過ごすことができそうです。若い頃にはよくハイキングに出かけていた、釣りが趣味だった、そういう過去の「引き出し」を思い出してみてください。新しいことを始めるのが負担な方は、「引き出し」にしまっていた趣味や運動を始めることもいいでしょう。始めるときに仲間がいると、なおいいかもしれません。自分が培ってきた経験を生かしながら、仲間と一緒に楽しく体を動かしましょう。認知症を予防するには、若いうちからそうした「引き出し」をなるべく増やしておくことも肝心です。

 歩いたことがない方はほとんどおられないと思いますので、散歩もいいかもしれません。ただ、認知症の方の散歩には心配もつきもの。『東京都健康長寿医療センター』研究員の伊東美緒さんは認知症の方の散歩について研究されていて、認知症高齢者の散歩を地域のコミュニティで見守り、公園などでひとときの時間を一緒に過ごすということを実践されています。認知症高齢者対象の施設に入所すると、「もしも何かあったら」と考えてなかなか散歩に連れ出してもらえないようですが、散歩というシンプルな運動をいかに楽しく、豊かに、地域の方々にとっても有意義なかたちでつくっていけるか、社会全体で考える必要はあると思います。シルバーウォーキングの指導者が先頭に立って歩いたり、若いボランティアが声をかけながら散歩したりするのもコミュニケーションが図れていいかもしれませんね。

2016年8月


プロフィールシニア 生活 シニア マーケット

黒川由紀子
くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。

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