「黒川由紀子の シニアの世界へようこそ」第2回 食
文=松井健太郎
写真=高岡 弘
暮らしの楽しみ? もちろん食事。
年齢やスタイルに合った食べ方を。
お年寄りの方に「日々の暮らしの楽しみは?」と尋ねると、約42%の方が「食事」と答えるように、食べること、飲むことは、からだと心の健康のために欠かせない営みです。若い頃と同様に、何の問題もなく食事を楽しめる方はいいのですが、年齢を重ねるに伴ってさまざまな変化が生じてきます。
変化の一つは、食事の量。多くのお年寄りがおっしゃるのは、「レストランの食事は量が多い」ということ。「多ければ残してもいいですよ」と言われても、戦後の食糧難の時代に子ども時代を過ごした方々ですから、食べ物を残すことには抵抗があります。「残すのはもったいない」と。
そこで提案なのですが、若い方向けに「大盛り」があるように、お年寄り向けに「小盛り」があってもいいような気がします。ただ、ハーフポーションだからといって1000円を半額にする必要はなく、800円程度でいいのです。それなりの料金を支払って注文できれば、「お年寄り=安いお客さん」というような肩身の狭い思いをしなくてすみますから。あるいは、値段は1000円のまま、量は少なめでも多彩なおかずが味わえるといった高齢者向けのメニューも人気を呼びそうです。アメリカのシカゴにある年配者向けのレストランが成功していると聞いています。スモールポーションで、おいしくて。ただ、値段はちょっと高めだそうですが。
また、家で食べるにしろ、レストランで外食するにしろ、「一人で食事をするのは寂しい」とおっしゃるお年寄りは少なくありません。そんな方のために、高齢者が集まって食事を楽しむ会も開かれているようですが、私は、いわゆる「個食」もそれなりに重要だと考えています。一人の時間がほしいと思うお年寄りも意外におられますから、「個食はダメ」と決めつけるのはよくないでしょう。
普段は一人で食事して、ときには誰かと一緒に話しながら食べたいと思ったら、外へ出かけ、友だちや仲間と食べる機会をつくればいいのです。たとえば、近所にいきつけの居酒屋をつくるとか。居酒屋でアルバイトをしている学生に聞くと、「常連のお年寄りが一人で来られ、いろいろな会話をしますよ」と言っていました。そんな食事を楽しむ方もけっこうおられます。
料理がとびきりおいしくなくても、気さくな雰囲気で、お年寄りにも親切で。という人間力が高いお店は、「行きたくなる」とおっしゃいます。人と競争して、勝ってという価値観に生きていた若い頃は、「食事も勝負だ」と話題の高級店などに行きたがりますが、第一線を退いてからは、味はともかく、くつろいだ気分になれるお店がなにより。店員さんとちょっとした会話を交わしながら食事を楽しむというのも素敵な過ごし方だと思います。
お年寄りの方は荷物の運搬に難儀。
常時、配達員がいれば人気スーパーに。
『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎)にあるように、「食事の準備が面倒だ」という声も多く聞かれますが、それ以上に、「食材を買いに行ったときの荷物の運搬」に困っているお年寄りがたくさんおられます。昔は、「御用聞きさん」が各家庭を回って、お米やお酒、味噌や醤油といった重い食材は配達に来てくれていましたが、今はあまり見かけなくなりました。トラックで街を回る移動販売車も都会ではあまり目にしません。復活すればいいのにと思うこともしばしばです。
ただ、最近は街のスーパーでも一定の金額以上の買い物をすれば、無料で配達してくれるサービスも増えてきました。とても便利だと思います。有料でもかまわないので、買い物をした金額にかかわらず荷物を配達してくれたら、きっとお年寄りの利用は増えるでしょうから行ってほしいですね。
また、大手スーパーでは、インターネットによる注文と配達を行っているところも見かけるようになりました。これも便利なシステムだと思います。インターネットを扱うことが苦手なお年寄りも多いですが、実は、そうしたインターネットを活用した買い物や配達の代行サービスのメリットをもっとも享受するのは高齢者かもしれません。より簡単に操作できるようになれば、利用はもっと増える気がします。
それから、私の知る年配の方がコンビニエンスストアで重い食材を買い物したときのエピソードがあります。そのコンビニでは、配達サービスは行っていなかったのですが、なんと店員さんは制服を脱ぎ、プライベートとして食材を家まで運んでくれたそうです。どこのコンビニかは聞きませんでしたが、ちょっと心が温まるお話です。
そんなふうに、買い物を始め、生活の細かな部分でのサービスや、あるいはボランティアが、案外少ないように感じます。足や腰を悪くされて、数百メートル先のスーパーにさえ買い物に行けない「買い物難民」のお年寄りは、都会にも多く暮らしておられます。安売りをアピールするだけではなく、御用聞きや配達サービスに力を入れているスーパーこそ、これからの時代は支持されるはず。常時、配達要員のアルバイトを雇っているような、高齢者にやさしいスーパーが増えるといいですね。
認知症が進んだ方は嚥下障害に注意。
誤嚥性肺炎は死因の一つに挙げられます。
病院や施設に入所されているお年寄りにとっても、食事は大きな楽しみです。ただ、健康な歯の減少や味覚の変化、味覚障害など、食事の楽しみを阻害するからだの変化も起こってきます。
また、認知症が進んでくると、嚥下障害も見られるようになります。嚥下障害とは、口に入れたものを咀嚼した後、ゴクンと飲み込む際にうまく飲み込めないことを言います。飲み込めたとしても、食道に入るべきものが気道に入ってしまうと激しくむせてしまいます。これを、誤嚥と言います。一定の年齢を超えると誤嚥の頻度が高まります。気道から肺に入ってしまうことで肺炎を起こす誤嚥性肺炎は死因の一つにも挙げられるので、十分に注意する必要があります。本人だけでは防ぎようのない面もあるため、介護者のケアのしかたが重要になります。
最近は、嚥下障害があるお年寄りのために、「介護食」と呼ばれる食品も数多く開発、販売されています。品質は保持しつつ、喉に詰まらせずに食べられる食品を各メーカーが開発しています。適度なとろみがつけてあると飲み込みやすく、逆にするするとした液体状のものは喉に詰まりやすいようです。ただ、そうした介護食がすごくおいしいかというと、首をひねらざるを得ません。機能は備えているかもしれませんが、味わいには工夫の余地があるように思います。
介護食だけでなく、一般的な食品をお年寄り向けに開発する必要も感じています。その意味では、意外と言えば失礼かもしれませんが、コンビニエンスストアは工夫されているように思います。もっと多くの食品メーカーがお年寄り向けの食品をつくり、品数も豊富に取り揃えれば、食事の楽しさをより豊かに味わえるようになると思います。
プロフィール
黒川由紀子
くろかわ・ゆきこ●1956年東京都生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。保健学博士、臨床心理士。東京大学医学部精神医学教室、大正大学教授、慶成会老年学研究所所長を経て、上智大学・同大学院教授。ミシガン大学老年学夏期セミナーの運営委員などを務めた。著書に、『日本の心理臨床5 高齢者と心理臨床』(誠信書房)、『いちばん未来のアイデアブック』(木楽舎/監修)など。