第47回 株式会社熊猫 ビジネスアワード2024 シニアライフ賞企業
俳句でつながる高齢者向けSNS
株式会社熊猫 社⾧ 井崎茉奈様
ビジネスアワード2024 シニアライフ賞を受賞した株式会社熊猫の「俳句でつながる高齢者向けSNS」。今回は株式会社熊猫の井崎茉奈様に、開発の経緯や今後の展望などについてお話をうかがいました。
2025年3月取材

Q. 貴社は福岡工業大学の情報工学部情報工学科、馬場研究室から学生発ベンチャーの学内第1号とのことですが、起業に至った経緯をお聞かせください。
馬場先生が以前いらした大学で、先生ご自身がベンチャーを起こしたという経験がありました。私自身も学部生のときからチーム開発の形で請け負っていた仕事がいくつかあり、起業には興味を持っていました。そこで馬場先生にも助言をいただき、これまで受けた仕事の保守的な役割を担う会社を2024年10月に立ち上げました。研究室で取り組んできた、俳句コンテストの検索AIの開発過程で蓄積した世界最大規模の俳句データを活用し、高齢者が気軽に俳句を発信できるSNSを構築し、俳句を通じた高齢者の心情把握や家族の見守りにつなげられるサービスの構築を目指します。
Q. 俳句の発信をメインで行う高齢者向けSNSについて、現在はシステム開発の段階かと思います。進捗状況はいかがでしょうか。
高齢者向けSNSは、SNS機能と俳句の検索機能という2つの機能をメインとしています。検索機能というのは、俳句をどこかに投稿したいと思った際、すでに似たような俳句が存在していないかを確認できたり、季語で検索すると該当する俳句がリストアップされ、デジタル歳時記のように使えたりする機能です。また、「お腹が空いた」などといった季語もなく俳句にもなっていない言葉で検索しても、それに関わる俳句を見つけることができます。俳句のデータが現時点で約80万あるので、創作の手助け、あるいはきっかけにしていただければと思っています。研究室では俳句の類似度などを計算するような研究を行ってきたので、すでにシステム上は完成しており、骨組みはできている状態です。
Q. 実証実験の詳細をお聞かせください。
現在はどのような見た目にするかというユーザーインターフェースを検証している段階です。フリック入力があまり得意でなかったり、スマホの小さな画面では文字が打ちにくかったりする高齢者の方は少なくありません。そのため、手書き入力や音声入力も含め、最適な入力方法を検証しているところです。
Q. これまでに苦労されたことはどんなことでしょう。
俳句の検索機能の精度向上です。日本語には微妙なニュアンスや同音異義語が多数あります。チャットボットの会話も英語より日本語のほうが難しいと言われているように、日本語は非常に難しい言語です。しかも文章の中から心情を抽出する方法となると、研究としても難易度が高いため、その精度アップには現状でも苦労しているところです。とはいえ、糸口は見えています。人が使う言葉(自然言語)の意味をコンピューターが適切に把握・処理する技術である自然言語処理は、年々向上しています。コンピューターの辞書がどんどん分厚くなっているというイメージです。そのため、現在苦労しているところではありますが、コンピューターの辞書が厚みを増すほど解釈の幅を機械に教え込むことができるようになり、精度も上がる可能性が高いので、そこを俳句の検索機能にも応用させられるのではないかと考えています。
Q. 貴社ならではの強みは何でしょう。
研究者ベースで作っていること、学生が主体的に研究開発を行っているところです。高齢者の方にご協力いただく実証実験も、いきなり「このスマホを使ってみてください」と言われてもおそらく当惑されるでしょう。イベントを開催しても、前向きな方しか参加してくれないという話も聞きます。その点、私たちは大学が包括連携協定を結んでいる福岡県古賀市に実証実験などのご協力をいただいています。学生であるという強みは、こういう点でも活かされていると思います。
また、俳句という手段を用いて、シニア世代に見受けられるSNSに対するネガティブなイメージの払しょくにも貢献できる点も強みです。シニア世代のスマホ普及率は上がっていて、LINEのようなメッセンジャーを利用されている方は相当数いらっしゃいますが、そういう方でもXやTikTokといった不特定多数につながるようなSNSには関わらない、あるいは「見るだけ」の人がいます。福岡工業大学で行ったシニア向けスマホ教室のイベントでも、SNSに興味はあるけれど「周りにやっている人がいない」という消極的な理由、さらに「炎上が怖い」といった先入観による抵抗感を持つ方の声がありました。フォロワー数の限られた方のアカウントでの炎上はそうありませんが、「SNSは誹謗中傷がばんばん飛んでくる場所」という印象を持つ方がいらっしゃるのです。その点、俳句のSNSでは「五・七・五」でしか話せませんし、わずか17文字という文章量では、情報漏洩の観点でも相当ハードルは高くなっています。また俳句かどうかに関係なく個人情報の漏洩に気を付けられるような機能を実装する予定なので、安心してご利用いただけるアプローチができると思っています。
Q. 現段階の課題とその対策についてお聞かせください。
SNSの形を作るというのが課題であると考えています。私たちが研究室で研究する際には「自分が理解していればOK」というスタンスです。それが「俳句でつながる高齢者向けSNS」では「他者にわかりやすい見た目・わかりやすい形・わかりやすい動き」を追求する必要があるので、そこが現在の課題です。実証実験を含めた現場の声を参考に、利用者の方にとって使いやすいものに仕上げていきたいと試みているところです。
Q. 2025年下半期から販売開始予定とのことですが、具体的な計画を教えてください。
初期の段階としては、高齢者のための施設に1台導入していただくような形を目指しています。検討段階ではありますが、ログインにはNFCタグを使用することで、1台の機器を施設の利用者さん全体で共有でき、俳句を検索したり投稿したりといったことに使っていただけます。機器を運用する際には学生がサポーターの役目を担いつつ、システムのバージョンアップを手がけていきたいと考えています。もちろんアプリでの提供も行いますが、スマホを持っていない、持っていてもアプリの使い方がわからない、そういう高齢者の方もいらっしゃいますから、さまざまなスタイルで参加していただけるようにしたいです。先ほどお話したように、入力方法もその方にとって使いやすいものを選択できるようにすることも、大事な要素だと思います。
Q. 貴社における「シニア」の定義を教えてください。
これまでは「スマホにあまり慣れ親しみがない方」と定義していました。しかし、現在40~50代のスマホを当たり前に使いこなせている世代は、高齢者になってもスマホに対する抵抗感や苦手意識はないでしょう。そうなると、ネットなど情報通信技術の恩恵を受けられる人とそうでない人に生じる格差、いわゆるデジタル・ディバイドは縮小していくと思います。そのため当社におけるシニアの定義は「スマホやSNSに勇気が出ない人」であり、開発中のSNSはまさにそのような方に向けたものとなっています。
Q. 貴社のシニアターゲティング市場における今後の抱負をお願いします。
何よりもまず、高齢者の方に寄り添えるようなものを開発していきたいと考えています。それによって少しでも生活に彩りができたり、人生の生きがいのひとつになったりするようなものを作っていきたいと思います。