第1回 株式会社ヘルシーネットワーク
病院・施設の食事療法を在宅で
株式会社ヘルシーネットワーク 代表取締役 黒田賢氏
株式会社ヘルシーネットワークでは、病院・福祉施設で利用されている食品を、在宅で食事療法を行われているお客様へ宅配便でお届けする通販サービスを行っております。栄養成分や商品形態などの特徴別の3種のカタログ(たんぱく質調整食品の「いきいき」、高齢者向け商品の「はつらつ」、エネルギー調整食品の「にこにこ」)とホームページからの受注体制で、現在の1ヶ月の通販利用者は約23,000名。今回のインタビューでは通販サービスの概要からシニアマーケットまで広くお話をお聞きしました。
2013年4月 取材
Q.通販サービスを始められたきっかけと、サービス開始当時と現在のサービスの変遷があればお聞かせください。
まず、弊社の通販サービスについてお話する為には、関連会社であるヘルシーフード株式会社のご説明をしなければなりません。ヘルシーフード株式会社は、病院・施設に向けた食品の開発と卸事業をしております。そんな中、食品をお届けしていた病院・施設様から、「在宅で食事療法をしている方にも、病院で食べていたものと同じような食事を自宅に届けてほしい」というお声をいただいた事が、通販サービスを始めたきっかけです。当時(1983年)は、今ほど物流・配送機能が充実していなかったので、担当者がお客様のご自宅まで直接商品をお届けするしかありませんでした。また、当時は流動食等を中心にお届けしていました。しかしお客様の数も増えると、我々自身で直接お届けするキャパシティを超えてしまったので、配送業務を物流会社へ委託することにいたしました。その後、1999年に通販事業を法人化し、現在の株式会社ヘルシーネットワークに至ります。お陰様で現在は日本全国に商品をお届しています。当時と現在を比べてみた時に、患者様が管理栄養士の先生から指導され、カタログを見て注文いただく、という大きな流れは実は30年前から変わっておりません。しかし当時は取り扱う商品数も少なくカタログも薄いものでした。それに比べ現在では、腎臓病や糖尿病、潰瘍性の胃腸炎の方等、様々な症状の患者様に対応しており、およそ3,000以上の商品を取り扱うまでに成長致しました。その結果、カタログ自体も相当厚みのあるものになりましたね。またアイテム数の増加に伴い、受注件数は勿論のこと、ご提供できるサービスレベルも拡大し、日々バージョンアップをしています。
Q.他社サービスとの差別化ポイントはどこにありますでしょうか?
関連会社のヘルシーフード株式会社が卸事業も行っているので、病院・施設と日常的な接点を持っている事が差別化ポイントだと思います。
病院・施設でよく使われている商品が何なのかを把握できることにより、医療・介護現場での利用頻度の高い商品を通販での取扱商品として選定することができるのです。介護食・治療食の通販事業をされている企業は他にも沢山ありますが、やはり弊社の強みは医療・介護現場との日々のネットワークがあるということだと思います。
更に顧客サービス面でのポイントとしては、医療機関の指導のもとで弊社商品をご案内いただいているという点です。「食事療法」というのは意外と難しいもので、実は患者様さんご自身で、「このくらいの食事で大丈夫だろう」と判断しにくいこともあり、正しくご利用いただけない場合もあります。何が患者様さんにとって良いものかが判断できるのは、やはり医師や管理栄養士など医療機関の方ですので、きちんと医療機関で指導してもらった上でご購入してもらう、という流れにしっかりと準ずるのが弊社サービスの基本です。
Q.事業の持つ社会的意義については意識されますか?
もちろん社会性や社会的意義については私なりの意識を持っております。ただしそれは、「高齢者向け」の「食」にまつわる事業だからという理由ではありません。世の中には様々な企業がありますが、全ての企業が一様に社会性や存在意義を有していると思います。例えばここにある携帯電話にせよ、私たちのカタログを作ってくださっている関係各社にせよ、全ての企業が日本の社会に寄与していると私は思っています。
その中で弊社が持つ社会的意義を掘り下げるとするならば、それは弊社が取扱う商品が患者様の「いのち」に関わっている点だと思います。患者様の「いのち」を守るため弊社ができること、なすべきことは、商品を安定して供給すること、介護生活への経済的負担を少なくするためリーズナブルにお届けすること、そして患者様の精神的負荷を減らすためのお手伝いをすること、と考えています。
私たち健常者には想像しにくいことなのですが、患者様というのはそれまで普通に生活をしていたのに、ある時突然医師から自分はこれまでとは違う食事を指導されるわけです。これは相当なショックなことだと思います。だからこそそういう方々にも、カタログの中の食事療法に関するコンテンツを通じて、何らかの前向きな気持ちを持っていただくお手伝いができれば、と考えております。この様な形で精神的なサポートを行うことも我々の使命の一つだと考えています。
Q.患者様への精神的サポートも使命として捉えられていらっしゃるということですが、お客様との接点で特に気を付けている、気を使ってらっしゃる点はあるのでしょうか?
WEBからのご注文もありますが、お客様と直接お話できるコールセンターは重要な接点の一つと考えています。コールセンターでは商品の情報はもとより病症についても知識を持っておく必要があります。そしてもっと大事な事は、お客様との話し方や対応方法です。お客様とのコミュニケーションは非常にデリケートな行為ですので、弊社としてはとても気を使っております。そのための社内研修等も定期的に行っております。ただ弊社の社員は高いモチベーションを持って業務に携わってくれていると言えるのかもしれませんね。社員一人一人が誇りを持って仕事をしており、その誇りがお客様への対応を自然と柔らかいものにしているのかもしれません。
もちろんコールセンターや受注現場では、お客様からの厳しいご意見を沢山いただきます。その点についてはしっかりと反省し、業務に反映していかなければならないと思いますが、それと同時にポジティブなお声も沢山いただいております。例えば「ヘルシーネットワークの商品を使った食事で、こんなに数値が改善されました、ありがとうございます」といったお声や、弊社食品を使われていた患者様が亡くなられた後にご家族から「御社の商品を食べている時は、本当に嬉しそうな顔をしていました」という御礼のお手紙をいただいたこともあります。こんな時がこの仕事をやっていて良かったと感謝する瞬間です。
そしてもう一つの重要なお客様との接点がカタログです。それぞれの病症に合わせて3種のカタログを発行しておりますが、ただ商品を一方的に紹介するようなものは目指しておりません。コラムや読み物などのコンテンツを充実させ、少しでもお客様がこれからの食生活に対する不安を解消し、弊社商品を安心してご利用いただけるよう努めています。
Q.商品の「購入者」=「利用者」ではないと思いますが、購入者の属性はどのようになっていますか?
確かに「購入者」=「利用者」とは言えないという事実はあると思います。また利用者の細かい属性まで把握できていないのが実情です。
一方で「購入者」の属性についてですが、以前コールセンターで調査を行った際に主婦層、それに類する女性が全体の80%以上を占めるという事が分かりました。また「やわらか食品」の購入者年齢がやわらかさのレベルによって違いがあるのか、という点に絞って調査を行ったこともありますが、結果はほぼ同様でした。
更に3種類のカタログそれぞれについても調べてみましたがとりわけ大きな違いは見出せませんでした。
これらのことから、私どもが至った結論は症状と購入者の属性はほぼリンクしないものであり、購入者を年齢などの属性をキーに分析することは特に大きな意味がないということです。
Q.昨今、シニアマーケットの拡大により、様々な企業が高齢者向けの食品の販売を開始し始めるニュースをよく見るようになりましたが、どう感じられていますか?
まず「高齢者食」といっても、私なりの分類として「健康食」、「介護食」、「(いわゆる)治療食」等々、様々なカテゴリがあります。しかし、今のところそれらのカテゴリに明確な定義があるわけではありません。確かに柔らかい食事、塩分を少なくした食事というような、幅広い意味で高齢者に向けた食品は増えていますし、マーケットとしても拡大していると思います。ただし、弊社が取り扱う商品カテゴリは、そのように広く高齢者全体をターゲットにした食品ではなく、あくまでも何らかの疾患・障害を持った方のための「(いわゆる)治療食」です。確かに「治療食」マーケットへ参入する企業も増えてはいますが、激増しているわけではありません。「治療食」は病院・施設で使われることが前提となります。しかし病院・施設で使っていただくためには長い時間をかけてブランドとしての信頼を勝ち得る必要があります。この点が新規参入しようとする企業にとってのハードルになるのではないでしょうか。
Q.スーパーやドラッグストアなどの流通チャネルで高齢者向けの食品売り場が増えたような気がしますが、今後の展望をどうお考えですか?
一時期、ドラッグストアが「介護食」の取り扱いを始めましたが、あまりうまくいかなかったように記憶しています。恐らくひとつのドラッグストアの商圏内に「介護食」を必要とする母集団はそれほど多くなかったからではないでしょうか。
流通店舗としても、母集団が少なければ味のバリエーションを揃えたり取扱アイテム数を増やすこともできず、利用者からしても選択肢が少なければ食のバリエーションが乏しくなってしまいます。「介護食」を街のドラッグストアで購入するという習慣を根付かせるためには、流通店舗側も一定以上の取り扱い商品ラインナップを維持する必要がありますが、そのためにはやはり一定以上の売上規模=顧客数が必要になります。
ただ、今後は高齢者の数が確実に増えていきますので、どこかのタイミングで「介護食」のバリエーションも増え、今以上に店頭スペースを占める日も近いかもしれません。
Q.今までのお話を振り返りますと、「治療食」というかなり特殊なマーケットを担ってらっしゃるのですが、ターゲット層や業界に関わらず、ベンチマークされている企業があれば教えてください。
私にとってはやはりアマゾンさんです。アマゾンさんのすごいところは色々ありますが、何よりもまず世の中のルールを変えてしまったということです。
ルールを変えるというのは本当にパワーがいることです。もちろん事業を成功に導くためにはアイディアや分析力なども必要です。しかしアイディアは多かれ少なかれ、どの企業にもあるものです。問題は「それをやりきれるか」どうかということです。
「やりきる」ためには、熱意と継続力、そして資金力が必要です。そしてアイディアを実現するためには細かいハードルも多く発生します。それを乗り越えたという意味でアマゾンさんの動向には常に注目しています。
また弊社内でカタログを制作する際に参考にさせていただいたのはアスクルさんです。何か新しいことにチャレンジしようとした際に、どこの業界でも様々な問題が起こるものです。先程のアマゾンさんの場合も同じですが、アスクルさんも現実的な障害を一つずつ乗り越えてこられた企業です。そういう意味では弊社のビジネスのあり方を考えるにあたっても随分参考にさせていただいております。
そしてもう一社あげるならば、それはヤマト運輸さんです。今でこそ全国の配送網が整備されていることが当たり前ですが、我々が事業を始めた頃はまだ宅配のネットワークが確立された時代ではありませんでした。そのネットワーク構築をヤマト運輸さんは成し遂げられたわけですが、それがなかったら今の日本における通販業は成立していなかったわけですし、弊社も現在のような事業展開はできていません。また、単に物流を担うのみならず、一人一人のドライバーの方たちがお客様に対して丁寧にきめ細かい配慮ができるような組織づくりをされている点にも敬服しています。ヤマト運輸さんには今後の新しい取り組みも含めて常に注目しています。
Q.「シニアマーケット」についてお聞きしたいのですが、現在、100兆円以上あるといわれる「シニアマーケット」をどう捉えていますか?
単に「シニアマーケット」と言っても定義があるようでないと感じています。例えば「シニア」という単語ひとつとった場合を考えてみます。よく「シニア=60歳以上」と定義されて話が進む場面に出くわしますが、弊社マーケットの場合、シニアというくくりを「年齢」という概念だけで区切ってしまうと少し無理が生じます。
では年齢以外にどのような指標を意識すべきか。
私は今回のインタビューについて整理するにあたり、シニアという市場について考察する場合、横軸に「身体的制約の高い/低い」という指標、そして縦軸には「活動範囲が広い/狭い」というような指標を置いたポートフォリオで考えてみました。
もちろんこれは弊社のビジネス特性を踏まえた独自の見方です。シニア層の中にもさまざまな生活実態や環境の違いが存在します。80歳でも元気に動けて人生を謳歌していらっしゃる方もいれば、60代でも病気が原因で制約のある生活を送っていらっしゃる方もいます。それらを踏まえると、この図の中では、弊社サービスはAに位置します。その対極にあるCの層は、高齢者ではあるけども団塊世代で、旅行などアクティブに活動される方が多く、これからのボリュームゾーンだと考えられます。ただ、この図の全体のマーケットサイズが拡大したとしても、プロットされる全体の%は変わらないと予測しておりますので、やはり弊社のサービスは非常にニッチなマーケットであり、大手企業の参入が難しいマーケットなのかもしれません。
Q.「ニッチなマーケット」という事ですが、今後マーケットを広げたり、新しいマーケットへの参入等お考えでしょうか?
先程の図で考えた場合、Dには実質的にマーケットが存在しません。そうすると現在Aのゾーンにいる弊社のマーケットを拡大するためには、身体的制約が少ない層への拡大(Bへの拡大)が考えられます。
ただしこの市場を攻略するためには一定以上のコマーシャル力が必要となります。そして現在の弊社にはその部分で勝負する力があるとは思えません。
また、市場を拡大するためには自社の強みを再度洗い直す必要がありますが、弊社の強みはやはり病院・施設と繋がりを持てていることです。そう考えると、現時点でBのゾーンを狙うことが得策とはいえないと思います。
ならば拡大をどこに求めるか。その答えのひとつとして私は「海外展開」に着目しております。具体的にはアジアにおける介護市場です。アジアには日本ほどではないにしても、着々と高齢化が進んでいる国や地域があります。そしてそれらの国や地域は、こと介護という視点では技術も意識もまだまだ成熟していません。
日本は世界から見ても言うまでもなく高齢社会ですが、同時に高齢者向け、介護市場向けのサービスも世界一充実しています。それはとりもなおさず日本企業が同市場において先駆的なポジションにいるということを意味しています。
ただし、日本の医療・介護に関する環境は、世界の潮流と比較して特殊な側面も持ち合せています。日本のどこが世界から見て特殊なのか、世界的なスタンダードはどこにあるのか、そして世界の医療・介護市場にアジャストしていくためには、何を切り捨てなければいけないか、これらについて冷静なジャッジが必要です。
今後はグローバル展開も視野に入れて世界のスタンダードは何なのかを模索していきたいのですが、そのためにも国内は勿論、海外の方や企業とも繋がりをもち、多くの知見を取りいれていきたと考えています。
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