第6回 株式会社リリムジカ

高齢者に心地よく楽しめる音楽の場を

株式会社リリムジカ 取締役 共同代表
柴田萌 氏 (日本音楽療法学会認定音楽療法士)

 

イタリア語のリリカメンテ(叙情的に)とムジカ(音楽)を組み合わせ「心に響く音楽」という意味の企業名である株式会社リリムジカは、「介護を受けて生活している人に心地よく楽しめる音楽の場を提供する」というミッションのもと、介護事業所等に出張し、認知症の方や障がいのある方向けに歌や楽器、会話を楽しむ音楽療法にもとづいたプログラムを展開しています。今回のインタビューでは「音楽」を手段として捉えたコミュニケーション、現状の取組、そして今後の展望までお話をお伺いしました。

2013年12月 取材

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Q.まず、柴田さんが音楽療法とどのようにして出会ったか、からお聞きしてよろしいでしょうか。

4歳の時からヤマハ音楽教室でピアノを習いエレクトーンもはじめ、学校では合唱やブラスバンドに参加したりして、幼少期から音楽に溢れた生活をしていました。私と同じような環境で過ごされた方の多くは音楽大学への進学を一度は考えると思うのですが、音楽大学に入ったからといって演奏家として活躍するのはほんの一握りで、かつ就職も難しいという現実があります。そのため、音楽大学ではなく理系の大学を目指して高校3年生まで勉強していました。

そんな中、偶然「音楽療法」という言葉と出会い、「音楽療法」に関する本を読んでみたのです。一般的な概念では「音楽」を仕事にしようとする場合、演奏家になるかもしくは教育者になるかの2つが代表的な選択肢だと思います。一方、仕事にしないとしたら「聞く」か「教わる」というのが音楽との関わり方になります。

しかし、その「音楽療法」の本の中では、音楽そのものがコミュニケーションの“手段”として捉えられており「音楽を医療や福祉に活かす」という考え方が書いてありました。当時、「演奏する」、「教える」、「聞く」、そして「教わる」の4つが音楽との関わり方だと考えていた私にとって、その考え方は衝撃的でした。それからというもの「音楽療法」というワードが頭から離れなくなってしまい、結果的に理系の大学ではなく、音楽療法コースのある音楽大学への進学を決意するまでに至りました。

Q.大学ではどのような勉強をされたのでしょうか。

はい。まず大前提として「音楽療法」というのは大きく分けて3つの対象者が存在します。「障がい児」、「精神疾患者」、そしてもうひとつが現在私どもがお仕事させていただいている「高齢者」です。私は大学3年の時に週に1回のペースで障がい児、精神疾患者、高齢者のそれぞれを対象とした「音楽療法」プログラムの実習カリキュラムを受けました。そのカリキュラムは学外の様々な施設様を訪問する実地型の実習でした。その中で特に私にとって印象に残っているのが高齢者の皆さんを対象にした実習です。なぜかというと、当時の私はその実習が最も苦手だったのです。「音楽療法」のプログラムでは、歌を歌ったり演奏するだけでなく、前に立ってトークをしたり会話をしたりしなければなりませんが、当時の私はお年寄りの前で何を話したらよいのか分かりませんでした。

大学生活というは高齢者との接点はほとんどないですし、うちの場合祖父母と同居しているわけでもなく地域の高齢者との交流もなかったので、高齢者の前でのトークや会話がすごく難しく思えていたんだと思います。今となっては楽しくてついつい話が盛り上がりすぎてしまうのですが・・・(笑)

Q.大学を卒業されてからは?

大学を卒業してすぐに弊社代表取締役である管と共に「リリムジカ」を立ち上げました。先程お話した通り、音楽大学出身者は勉強して知識・技術があるにも関わらず、音楽を活かす仕事が少ないという現実があります。しかしそれが非常にもったいない事に思え、知識・技術を活かし社会の役に立つ組織、そういう人が集まる場所を作りたいと思いが、会社設立に至る原動力になりました。

実は、設立当初は大学在籍時に専門で勉強していた障がい児を対象としておりました。しかしながら、これがなかなか仕事にならない、どうしようかと考えていた際にたまたま介護施設からお仕事をいただく機会がありました。

それをきっかけとして高齢者向けも視野に入れるようになったのですが、それが高じていつのまにか介護事業所ばかりお伺いするようになっていました。(笑)

Q.「音楽療法」という言葉の中に「療法」とありますが、実際にどのような効果があるのでしょうか?

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 音楽療法についてご説明する際、非常に難しいのがその「効果」についてです。実は「音楽療法」の明確な定義自体も定まっていないのが現状です。障がい児を対象にした場合については効果を見出しやすいかもしれません。障がい児対象の療法というのはどちらかというと療育に近いのですが、「音楽療法」を通じて感情を表現したり、それぞれが担当の楽器を持って演奏することによってルールや我慢、社会性などを学びます。また、音楽の場面だけでなく日常的も着席できる時間が増えたり、情緒が安定したりと日常生活に変化が起きてきます。そういう目に見える良い変化を効果として捉えることができる特徴があります。

一方で、高齢者を対象とした場合の効果測定は難しいのが実態です。高齢者にとっての「音楽療法」というのは、体力・筋力維持と認知症の予防や進行を緩やかにすることの2点において有効性が見出せます。

例えば体力維持の側面で言えば、楽器を演奏したり音楽に合わせて体操したりすることを通じて、体力や筋力維持ができるという側面がありますのでこちらはまだ効果を図りやすい指標といえますが、一方で、認知症予防における効果測定は困難です。

認知症に対しては「音楽療法」がその進行スピードを緩やかにするとされていますが、そもそも認知機能自体の数値的な測定が難しいという問題があります。昨今では数値的な数値的な指標のひとつに「長谷川式スケール」という測定手法がありますが、たとえこの測定方法を使ったとしても、今度は測定結果が他の要因によるものである可能性があり、と音楽療法の因果関係を証明しにくいのが現状です。

Q.なるほど、なかなか可視化しにくい効果なのですね?

そうですね。実は私自身も勿論大学で「音楽療法」について勉強していた際、認知機能に関しての効果を追及していました。しかし私どもは音楽療法の存在意義は直接的な効果だけに見出されるべきではないとも考えています。

こんなことがありました。ある時、音楽療法をご採用していただいている施設の職員様から、「認知症をお持ちでいつも落ち着かず歩き回っている利用者様が、最近ニコニコしながらときどき、リビングで椅子に座って他の方と交流されるようになったんですよ。」と言われました。また別の時には、「○○さんはこの歌が好き」、「○○さんは、この楽器を演奏する時はじっと着席されている」等、音楽プログラムを通じて施設の皆さんが利用者様の何らかの“変化”を発見するきっかけになっている旨のお話をよく聞かせていただけるようになり、更にはその後施設職員様から利用者様への見方や関わり方にも変化が表れ始めたことに気づきました。つまり、音楽療法が利用者ご自身のみならず、施設様内の運営そのものに寄与していたのです。

この経験から、介護現場においては、音楽療法の効果を医学的に実証すること以上、利用者様のより良い日常のために、施設職員やご家族をはじめとした利用者様の周辺環境にアプローチするサービスであるべきだと考えるようになりました。
更に、「音楽療法」という言葉自体が「何かを治療する難しいもの」、「特定の曲を聞かされる」といったイメージを与えてしまうともありましたので、「音楽療法」ではなく「音楽をつかった場づくり」という言い方をしております。そのため実際にプログラムを行うスタッフのことは「音楽療法士」ではなく、音楽の場をつくる人ということで「ミュージックファシリテーター(音楽をつかった場作りの専門家)」」という呼び方をしています。

現在お付き合いのある施設様は平均して月に2回のペースでお伺いしていますが、1か月に2日ある音楽の時間だけではなく残りの28日にどう影響を及ぼすかが大事ということですね。

Q.御社のプログラムの一番の特徴・ポイントは何でしょうか? 

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 先程お話しましたが、音楽プログラムのためだけにお伺いするのではなく、音楽を通じて施設全体の活性化を目指しておりますので、施設職員様との連携を重要視しているという点になります。

施設側と当社間の連携を密にするため、当社ではプログラム実施後には記録をご提出させていただいておりますが、その記録は必ず施設のご担当者様と一緒に作成しており、我々はこの時間を「振り返り」と呼んでいます。他社の音楽療法士の方の中には、記録を一人で書いて施設様にご提出される方もいらっしゃるようですが、当社は施設職員様の同席していただいております。

私どもは基本的に月に2回しか施設にお伺いしません。従って利用者様の事を十分に把握しきれないのが本当のところです。そのため、新しく入られた方についてはどう接するのが一番良いのかであったり、病気が進んでいらっしゃる方の具体的な病状であったりとか、利用者様に関するあらゆる事を情報交換させて頂くために、振り返りの時間が重要な意味合いを持っています。

そして共同でこの記録を施設職員様と直接的なコミュニケーションを介して共同で作成させていただくことが、施設の皆さんにも主体的に音楽プログラムに関わっていただくきっかけになります。 もう一点補足させていただくと、プログラム内容は、当社が一方的に決めるのではなく、利用者様や施設職員様のご意見をお聞きして決めています。

施設様にとって私たちはただの「音楽プログラムを担当する人」ではなく「施設運営全体を見て、一緒に考え一緒に実行するパートナー」であることを目指していますので、振り返りというのは、施設様と私どもにとっての重要なコミュニケーショ手法なのです。

Q.現在お付き合いのある施設はどのくらいあるのでしょうか?

 
 約40事業所です。現在の対象エリアは東京・埼玉・神奈川・栃木の4県ですが、近い将来的には千葉エリアでも展開したいと考えております。
1事業所あたりは平均して月2回実施し、1回のプログラム平均時間は45分ですので1日に複数施設を訪問することもあります。
45分という時間については、お元気な方の中には腹八分目とおっしゃる方もいらっしゃいますが、認知症の方が多い施設ですと集中力の持続が難しく、相対的に45分がちょうど良い時間だと考えています。
 
 

Q.プログラムの対象とされる施設利用者様の介護度に制限はあるのでしょうか? 

 

特に制限はしておりません。デイサービスもありますし、グループホームや特別養護老人ホームにもお伺いしております。新たに導入していただける施設様へアプローチする際も制限はしておりません。
お元気な方の地域サークルでの現場もある一方、介護度が4~5の方もいらっしゃる特別養護老人ホームにもお伺いしています。ただこの場合は声を出して歌える参加者が半分以下ということもあります。

そのためプログラムの中身については、介護度によって使用する楽曲は同じでも方法が異なる場合があります。例えば、歌であれば利用者様のご様子に合わせて3番まで歌うこともあれば、利用者様がよくご存じの歌の1番を繰り返し歌うこともあります。集中力が続かない方に対しては「○○さん、次○○歌いますよ!」というように声をかけたり、歌い出しを目の前でアカペラで歌ったり・・・状況に応じて進め方をアレンジしています。

 
 

Q.楽器も演奏されるということですが、楽器は施設様でご用意いただくのでしょうか?

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太鼓や鈴等お一人ずつ演奏いただく楽器については、各ファシリテーターが20~30人にお渡しできる数を用意しておりますので、事前に何名参加されるかお聞きしてお持ちしています。
中にはピアノをお持ちの施設もあるのですが、ピアノの場合背を向けて伴奏することになってしまいます。

そのためキーボードを持ち込むことがほとんどです。利用者様の中にはこちらをじっと見ながら歌われる方、笑うと満面の笑みで返してくださる方、こちらが歌う口元を見ながらタイミングを合わせて歌われる耳の遠い方等いらっしゃいますので、お互いの顔が見えるというのは必須ですね。

Q.介護施設の現場で「音楽療法」自体は浸透しているのでしょうか?

あくまで感覚値ですが50%程度は浸透していると思います。全くご存じない施様設もありますし、20年以上「音楽療法」を取り入れていらっしゃる施設様もあります。

当社の説明をする際は「音楽療法」という言い方はせず、認知症や麻痺がある方でも参加できる「音楽プログラム」とお伝えしています。また45分の時間を埋めるのではなく、音楽を通じて施設全体の活性化を目指しており、施設職員様のパートナーとして利用者様を見ていけるような気持ちで考えていますとご説明しています。

Q.現在一番の課題は何でしょうか?

やはり人材確保でしょうか。当社では、特に資格をお持ちの方をミュージックファシリテーターの採用条件にはしておりません。ただし、実際の現場では利用者様から歌いたい曲のリクエストを頂いたり、歌いやすいキーやテンポにするなど、臨機応変な対応が不可避ですので一定以上の音楽的素養が求められます。そう考えるとやはり音楽療法の勉強経験がある方は即戦力といえますね。

また、音楽の技術があったとしてもある程度介護や認知症に関しての知識も必要になります。施設様側もヘルパーの資格を持っていると安心していただけますので、介護職員初任者研修やヘルパー2級の資格を持っている者も多く在籍しています。

更に一番重要なのは一方的に音楽プログラムを押し付けるのではなく、「利用者の皆さんの歌声を引き出そう」、「楽しくするために何ができるのか」、というようなマインドも重要ですので、こういうマインドをお持ちの方と出会えるよう常にアンテナを張っています。

Q.ピアノが弾ける施設職員の方がいらっしゃった場合、職員の方向けに教えたりということはないのでしょうか?

デイサービスの職員様を集めた研修会の講師依頼をお受けすることはあります。
職員様向けにノウハウをお教えすると、我々の仕事がなくなってしまうのではないかと思われるかもしれませんが、決してそうではありません。研修会を機に施設内で音楽の時間を増やしていただくと、「もっとこうしたい」、「もっとこんなこともやりたい」とクオリティやバリエーションを求めるようになり、職員様の業務量が非常に多いため対応できないことも増えます。そういったときこそ我々ミュージックファシリテーターの出番だと考えています。

Q.今後の目標をお聞かせください。

近年、介護施設が急増しているため競合施設との差別化の意味もあってか、利用者様向けのコンテンツを様々ご用意される介護施設が増えていますが、利用者様それぞれに趣味や好きなものがありますよね。我々の音楽に限らず、様々なコンテンツホルダーが介護業界参入することで、高齢者がやりたい事を選択できるのが当たり前にすることですね。 最近では介護旅行や訪問美容、アロマ等様々なコンテンツホルダーの参入があるようです。ビジネス上はニッチすぎて難しいという面もあるかもしれませんが、積極的にこの業界を盛り上げていきたいと考えています。    


柴田 萌 氏 プロフィール

株式会社リリムジカ 取締役 共同代表/ミュージックファシリテーター 「介護を受けて生活している人に心地よく楽しめる音楽の場を提供する」というミッションのもと、介護現場にて認知症や障がいのある方も楽しめる音楽プログラムを実施。実施回数は年間300回以上にも及ぶ。 また介護職や地域の人に向けた音楽の場づくり講座等も行っている。 2008年昭和音楽大学音楽療法コース卒業。 日本音楽療法学会認定音楽療法士/ヤマハエレクトーン演奏グレード5級/ヘルパー2級


株式会社リリムジカ ホームページ

http://lirymusica.co.jp/


 

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