第5回 特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会

高齢者の末永く安全な運転を目指して

特定非営利活動法人 高齢者安全運転支援研究会
理事 諸井恵氏 / 事務局次長 中村拓司氏

特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会は、認知症をはじめ身体機能の衰えなど高齢化による運転能力に及ぼす諸々の影響など、高齢者の安全運転支援につながる研究を通じ、高齢者が安心して運転を続けられる環境づくりに取り組んでいます。今回のインタビューでは高齢運転者の実状から現在の「認知症」をキーワードとした具体的な取組、今後の活動までお話をお聞きしました。

2013年8月 取材

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  「交通弱者」でもある一方、「加害者」予備軍でもある高齢運転者の実情

 まず一つ目は、運転者自身に身体的な衰えや認知症の可能性があることを自覚してもらうための啓発活動です。

  現在の日本は超高齢社会に突入し、2045年の高齢化率は35%を超える見通しだと言われていますが、交通事故での犠牲者の高齢化も進んでいます。現在、交通事故による犠牲者のうち65歳以上の割合が最も高く、その事故状況としては歩行中がほぼ半数、次いで自動車乗車中、自転車乗用中となっています。

 「交通弱者」としての被害者であることはもちろんですが、事故加害者として高齢者が顕在化していることが危惧されています。現在65歳以上の運転免許保有者も増加しており、現在では全運転免許保有者の約17%の1420万人となっています。 更に団塊世代から女性が社会進出するようになりましたので、これから女性の運転免許保有者が増加し、必然的に女性高齢者の事故件数が増えると予測されています。

無題


加齢に伴い運動能力はもちろんですが、判断力・認知力・記憶力・視力、そして聴力も低下し事故の危険性は高まります。中でも高速道路の逆走や、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる急発進などによる事故が目立っています。

この現状を解決するための法律や仕組みはまだ確立されておらず、主体的に活動している団体や機関も多くはありません。さらに高齢者と車社会の関わりを追求していくにつれ、「認知症」がひとつの危険因子として関係しているということが分かってきました。

そこで認知症専門の医師と連携することによって、まずは「認知症」に特化し様々なデータや知見を蓄積するという意図で「研究会」として設立したのが、我々特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会です。

 
 
高齢者の運転の是非を体系的・理知的に考える存在

 

現在、道路交通法により75歳以上の方が免許証を更新する場合には「講習予備検査(認知機能スクリーニング)」が必要とされています。その検査結果において、「認知症の疑いが強く一定期間内に特定の交通違反があった場合には医師の診察を受ける、そしてその診察において認知症と診断された場合には免許証を返納する」という仕組みがあります。
しかし生活の足として車が不可欠である郊外や地方では、高齢者ほど車の必要性が高くなります。そのため一方的に高齢運転者を排除するのではなく、高齢者が安全に車を運転し安心して道路を利用できるための仕組みが必要です。
そこで我々は、各分野の組織や団体と連携して、医学、心理学、及び工学等の見地から高齢化に伴い減退する判断能力や身体能力に関するデータの収集や分析を行い、安全な車社会の実現に向けての改善策を検討・提言して行きます。

具体的には冒頭でも触れた「高齢者に運転をさせないための活動」だけではなく、「高齢者でも積極的に運転を行ってもらうための施策」にも取り組んでいます。この点を踏まえ、私どもの活動は4つの種類に大別できると思います。

 

 

「自分はまだ運転できる」…その思い込みから脱却してもらうために

 

まず一つ目は、運転者自身に身体的な衰えや認知症の可能性があることを自覚してもらうための啓発活動です。

先ほどお話した通り、現在75歳以上の運転免許保有者に対しては「講習予備検査(認知機能スクリーニング)」が行われていますが、この「一律75歳以上」という線引きが果たして適正なのかどうかという議論があります。

厚労省が行った最近の調査によりますと、65歳以上の7人に1人(15%)は認知症であると発表されました。しかしながら認知症の疑いがあっても、そういう方は自分から病院に行かないことがほとんどというのが実情です。

私どもが実施する「高齢者向け交通安全教室」の中でアンケート調査を実施したことがあるのですが、「自分の運転に自信がありますか?」という問いに対して、ほぼ全員の方が「自信がある」と回答されました。

また、「いつ免許を返納しますか?」という問いに対しては、「自分で危険だと感じるまで運転する」と答えた方がこれまたほぼ全員でした。

言い換えるとほとんどの高齢ドライバーがご自身の運転に関して、「自分はまだ十分に運転が可能な身体能力を有している」、「安全運転ができている」と思い込んでおられることになります。
もちろんそれが事実であれば何ら問題はないのですが、大多数の方が一時停止を守らない、車間距離が不十分、ブレーキのタイミングが遅れるなど、事故に結びつきかねない運転をされています。

また、もし認知症であった場合「危険と感じたことを記憶しておくことができない」という問題もあります。

例えば認知症の方が危険な運転をしてしまった場合を考えてみます。運転者は、そのときは「自分が危険な運転をしてしまった」、「自分の身体能力を過信してはいけない」と自覚するかもしれません。一時的には自身の運転能力についても省みるでしょう。しかし認知症では時間経過と共にそのこと自体を忘れてしまい、結果としてすべてが記憶に残らないことになります。当然、運転者自身が免許を返納するには至らないことになります。中には免許を返納したこと自体を忘れてしまう方もいらっしゃいます。

このような現状を変えていくために、私どもは、鳥取大学医学部の浦上教授により開発された「物忘れ相談プログラム」という認知症を見つけるための装置が有効と考えております。

この装置を2カ所の自動車教習所に持ち込み、高齢者講習受講対象である70歳以上の方々に任意でテストしてもらいました。その結果によると約3割に認知症の疑いが見られました。この3割の中には徐々に認知症が進行する方もいらっしゃるはずです。

認知症というのは皆さんが思っているより身近な存在です。そして何より認知症の初期段階の「物忘れ」が病的なものか、一般的なものかを自覚をすることが重要です。物忘れがひどくなる認知症の初期段階は「軽度認知障害(MCI)」=「認知症予備群」とされ、そのまま放置すると翌年には12%、3~4年後には約半数の人が認知症になると言われています。このMCIの時点で積極的な予防対策を取ることにより、認知症に移行することを防いだり、進行を遅らせたりすることができます。

そのことから私どもは認知症予備群を早期発見できる場所として、自動車教習所などと連携し主に60歳以上を対象とした安全運転講習会を行っております。そこで物忘れの度合いをチェックし、運転能力の客観的な評価や認知症予防のためのトレーニング等を行うことにより、運転者に認知症の前兆の有無や、予防による運転継続の可能性を示唆しています。

 
 
いつでも、どこでも、簡単に物忘れをチェックしてもらう

 

二つ目の活動は、認知症の検査をしやすい環境・インフラを創造することです。

前述した「物忘れ相談プログラム」は、非常に簡便に認知機能の状態を調べることが可能なシステムなのですが、これを自動車教習所をはじめとして、全国の行政の窓口や病院、薬局など高齢者の行動範囲内にも積極的に設置していきたいと考えています。

イメージとしては血圧計です。様々な施設に血圧計が置いてあるのをよく目にしますよね。誰でも簡単に血圧を測ることができると思いますが、それと同じでもっと認知症を身近なものに感じてもらい、身近なところでチェックできるようにしたいですね。

認知症の疑いを自分自身で自覚し、予防プログラムにトライする、自分自身で病院に行く、これをあるべき姿としてそれを具現化するための社会インフラの構築を私たちは目指しています。

 

 

免許をとりあげるだけじゃない、認知症でも運転できる社会インフラを

 

三つ目は、少々のハンディキャップがあっても運転可能な社会インフラや仕組みを作ることです。

ここまでは認知症の方が運転することの危険性に触れてきましたが、一概に危険視することには違和感があります。専門医の間でも一部の認知症では軽度の段階であれば一定の条件下で自動車の運転をしても問題ないと考えられています。

現実問題として特に地方では車を運転できないと生活そのものに支障が出てしまいます。そのため少々のハンディキャップがあったとしても、安全に運転を行うことができるような仕組みや対策が求められます。

もちろん程度の進んだ認知症の方に運転を促すのではありません。ただ、一部の軽度の方においては、例えば地理や道路事情にも慣れた自宅近隣エリアのみに限定して運転できるようなルールづくりをするのもひとつの方法だと思います。

これに伴って、メーカーなどとの連携により、GPS機能と連動して限定エリアを超えるとアラートが出る仕組みを開発するとか、認知症予防につながる操作体系を有した機器を開発するとか、我々だからこそ追求すべき可能性は様々あると考えております。

 
 
運転そのものが認知症を回避するための役に立つ?!

 

話は変わるのですが、特に高齢者はマニュアル車を運転している事が非常に多く、オートマ車を運転できない方が多いようです。

以前、千葉県で高齢者交通安全教室を行った際、自分の車を持ち込んでもらいブレーキ等の運転の講習を行ったのですが、その際の車は一台を除き全部マニュアルでした。

マニュアル車はペダルを三つ使わなければいけませんし、頭で考えながら運転する必要があります。また今では当たり前ですが昔はカーナビもなく、コースも考えながら運転していました。最近は車のスペックが向上していますので頭を使わなくても簡単に運転ができるようになっていますが、これまでマニュアル車を運転してきた方のほうが認知症の発症は少ない可能性もあります。もしかしたら運転を継続させること自体、認知症を予防するための生活習慣になるかもしれません。

そのため我々としては、免許をやみくもに返納いただくのではなく少々のハンディキャップがあって運転しても問題ないような技術や仕組み、ルールを提言していきたいと考えています。

 

 
免許を返納してもらうだけでなく、その後の生活について考えるのも使命

 

そして四つ目、それが運転困難な高齢者から円滑に免許を返納してもらうための取り組みです。
現在75歳以上に「講習予備検査(認知機能スクリーニング)」が義務付けられていますが、年齢の引き下げも含め、検査の対象者を広げていく必要があると考えています。

事実、高齢者が免許を更新する際に、そのご家族からこっそり自動車教習所に連絡があり「認知症の疑いがあるから免許を更新させないでほしい」と言われることもあります。しかしこの場合でも、自動車教習所には免許を更新したい方に対して返納させる強制力はありません。従って高齢者講習を受ければ免許は付与されてしまいます。こういう事例も踏まえて、本当に危険な認知症の方が返納できる仕組みを作らなければなりません。

また、返納のシステムを見直すのと同時に、返納後の生活を支える社会インフラについても考慮が必要です。

例えば、東京大学のオンデマンド交通プロジェクトとの連携などがあげられます。これは電話やパソコン、携帯電話で「移動したい」という意思表示、つまり予約をすると、効率的な運転計画が自動で作成されると共に、交通事業者のドライバーのもとへ情報が提供されるというシステムです。交通事業者とリアルタイム性の高いネットワークを構築することにより、自宅のすぐそばから目的地までドア・トゥ・ドアの移動が可能になります。

あと、市場を見渡せばネットショッピングやスーパーマーケットの宅配サービスなどはどんどん進化していますし、同時に高齢者向けに操作が非常に簡便化・簡素化された専用のデジタルデバイスなども開発されつつあります。こういう事例も参考にしつつ、免許を返納して車がなくなった方々のための買い物支援策にも取り組んでいきたいと考えています。

長く安全に運転していただくと共に、返納した人へのセーフティネットも確保する。これを企業とのコラボレーションにより実現していきたいですね。

 

 
認知症の最大の問題、それは「認知症」に対する理解度の低さ

 

 以上の四つが私どもの活動になるのですが、現時点では特に一つ目、二つ目で触れた「認知症と運転」について特に注目しております。
その中で私たちが特に課題だと考えているのが、我が国における認知症という病気に対する理解度の低さです。

ご存じのとおり認知症は、昔は「呆(ぼ)け老人」、「痴呆」などの呼び方をしていました。しかしその言葉自体のイメージが悪く、人権を虐げるような印象であったため、それが改められ今では一般的に「認知症」と呼称されるようになりました。
しかしこれはあくまで言葉が変わっただけで、抜本的に病気に対するイメージが改められたわけではありませんよね。

事実、統計によると高齢者がかかりたくない病気の1位が認知症です。また認知症の検診を受けること自体への抵抗感も非常に大きく、発症本人も隠したくなる傾向にあります。しかしながら65歳以上の7人に1人は認知症であると言われていますし、予備群を含めると実際には1,000万人以上とも言われています。

誰もが発症する可能性がある病気ですが、近年の医療技術の発達により様々な治療薬も開発され、初期段階では認知機能の維持・回復のための医学的手法が確立されつつありますので、認知症を特別なものとせず、高齢者の理解と社会的なコンセンサスを得られるように我々としても働きかけていきたいですね。

 
 
認知症についてもっと科学的なアプローチを

 

さらに、ひとえに「認知症」といっても、その種類は様々で一言で括るには無理があります。風邪に例えると、同じ風邪の中にも鼻水が出たり、喉が痛んだり、熱が出たりと様々な症状があります。それ同じで、認知症にも様々な病態があります。中でも日本人に多いのはアルツハイマー型で、認知症患者の約半数を占めると言われており、アルツハイマー型の初期段階であれば全く問題なく運転できると言う医師もいるそうです。その他血管性、レビー小体型、前頭側頭型が多いのですが、特に前頭側頭型は悪いことを悪いと認識していても自分自身をコントロールできないため、赤信号でも自分が行きたいと思ったら行ってしまうという危険性を持っているそうです。

つまり認知症の種類や段階でゾーンを設定し、どのゾーンが運転しても良いのか、免許は返納すべきなのか。また自分の家の周りのエリア限定で運転を許可する、等の運転免許制度も整備していくべきだと考えています。

日本は世界的に見ても高齢化が進んでおりますので、我々の活動そのものが先進的だと思います。他のマーケティング事例と同様に日本で仕組みを確立できれば、中国や韓国をはじめとしたこれから高齢化が深刻化する国へ、ノウハウを提供できるのではないかと考えています。

 

 

大切なのは家族の存在と協力

 

特に認知症という病気は家族の存在が重要になります。認知症という病気は社会生活への支障の有無で最終的な判断をされますので、物忘れが激しくなったとしても家族のサポートがあり、これまで通り社会生活が送られるのであれば大きな問題はありません。

また認知症は自分自信では気づきにくい・認めたくない病気ですので、家族が日頃からコミュニケーションを取り、日常の変化に気づき、運転すべきではない高齢者には免許の返納を促すべきですね。免許を返納するということは、生活の足が奪われるということなので非常にご本人には辛いことですが、からこそ家族の理解と協力が必要になります。

高齢者をとりまく周りの方々が高齢者の運転という行為の是非に対し、正確な情報を背景にして理解を深めてほしいと思います。

 

 
更に進む高齢化、今後の活動は…

 

 高齢者が安全に運転できる社会、それは簡単ではありませんし、私たちだけで作れるものでもありません。

しかしそこから派生し創出されるマーケットがあるのも事実です。高齢者でも安全に車を運転できるような技術革新や、免許の返納後の生活の足となる社会インフラづくりなどは、一般企業やメーカーにとってもビジネスチャンスになり得ると思います。

ですので、今後は今以上に一般企業とのコラボレーション事例なども増やして、積極的に協力して活動していきたいですね。

また我々の活動により仕組みが確立され体系化された際には、是非海外にも展開したいと考えています。

 


特定非営利活動法人 高齢者安全運転支援研究会  概要

  • HPhttp://sdsd.jp/
  • 事務局:〒107-0051 東京都港区元赤坂1-5-11 元赤坂MS 5F
  • 理事長:矢代 隆義

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